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登頂写真でたどる登攀史②
【1975年 イギリス隊、エベレスト南西壁登頂】
薄暮の中、とぼとぼ歩くクライマー。“映え”とは対極にある眠たげな写真に強烈なインパクトを受けたのは、若き日の山野井泰史さんでした。
1975年 イギリス隊、エベレスト南西壁登頂
山野井泰史

あの写真を何度見つめたことだろう。高価すぎるイギリス隊の報告書は当時中学生だった僕には買えず、図書館に行くたびに眺めていたものだ。
もしかしたら僕は岩場から頂をめざすことに夢を見始めていたのかもしれない。
残念ながら現在も報告書は手元にはないが、あの写真だけは鮮明に覚えている。タイムリミットはとうに過ぎたと思われる夕暮れ、周辺の無数の山々は白さを失いかけている。青いダウンジャケットを着たドガール・ハストンはポケットに手を入れながら余裕すらうかがえる姿で成功を確認するかのように頂を踏みしめているのだ。
エベレスト南西壁に成功したものの、これから高所での過酷なビバークが待っている。はたして彼らの心境はどんなものだろう。
子どもには想像がつかなかったけれども、怖さのなかにも登山の歴史が刻まれた一瞬であることは理解できた。
やまのい・やすし
1965年東京生まれ。ソロクライマー。トール西壁、冬季フィッツロイ、アマダブラム、チョ・オユーなど、辺境や高峰に数々の足跡を残す。ギャチュンカン北壁(2002)で重度の凍傷を負うが、不屈の精神で復活を果たす。2021年、ピオレドール生涯功労賞受賞。著書に『垂直の記憶』『アルピニズムと死』『CHRONICLE』(すべて山と溪谷社)がある。

70年アンナプルナ南壁でヒマラヤ「壁の時代」を招来したボニントンは、世界最高峰の壁で終止符を打った。8000m峰における組織的登山の終焉である。隊長ボニントンの指揮により、英国が誇る登山家ダグ・スコットとドガール・ハストンが登頂を果たす。『EVEREST THE HARD WAY』は集英社から邦訳が刊行された。
*『山と溪谷』2010年4月号の記事をもとに再構成しています。
