登頂写真でたどる登攀史③
【1978年 R・メスナー、ナンガ・パルバット単独登攀】

80~90年代の登山家、クライマーの必読書だった『ナンガ・パルバット単独行』。メスナーが時代を席巻したのは記録のすごさもさることながら、洞察力こそが抜きん出ていたと松原さんは語ります。

1978年 R・メスナー、ナンガ・パルバット単独登攀

松原尚之

メスナーの数ある写真のなかで、いやヒマラヤの数ある写真のなかで、ナンガ・パルバット山頂にひとりはかなげにたたずむ彼の写真が、どうして印象的なのだろう。なぜ私の心の琴線をとらえ、長い年月たっても離さないのだろう……。

ナンガ・パルバットの登山記と写真が残された意義は、その記録としての価値以上に大きかった。メスナーは孤独と不安に向き合いながら、ひとりその頂をめざすことで、8000m峰に単独で登るという行為が、かぎりなく内的な経験であることを世に示した。

記録や社会的評価よりなによりも、自己との対話こそが本質であり、登る意味そのものなのだと彼がうたったことは、メスナーという偉大なる登山家のもうひとつの大きな業績だと私は思う。

ナンガ・パルバット山頂でセルフタイマーによって撮られた彼の写真ほど、標高8000mという場所の雰囲気をひしひしと感じさせるものも珍しい。そこには宇宙と大地のあわいとでもいうべき空と雲があり、あまりにも世界と遠く隔たってしまったがゆえの孤絶感あり、そしてそれなのに、そう、どこか安らぎがある。

それは、あらゆるものから解き放たれて自由になった者だけが味わえる、魂の平安といったものではないだろうか。そこに不思議な安らぎを見出すがゆえに、私は若いころ、いつか自分もそういう場所に行ってみたいと、いっそう強く憧れたのかもしれない。

まつばら・まさゆき
1965年東京生まれ。法政大学山岳部OB、山岳ガイド。ヒマラヤの高所から極地、フリークライミングまで幅広い登山実績をもち、時に『山と溪谷』に手記や人物ルポなどを寄せた。現在は『ROCK&SNOW』で日本各地の岩場を訪ね、手ごろなマルチピッチルートを紹介する連載をもつ。


75年、ガッシャブルムⅠ峰でヒマラヤ登山に革新をもたらしたメスナーは、78年春、エベレスト無酸素登頂に成功して長年の課題を解決した。同年夏のナンガ・パルバット単独登攀は、8000mの高峰を初めて完全なソロで登った史上初の偉業だった。80年には同じスタイルでエベレストにも登っている。70年のヒマラヤデビューから足かけ11年、つねに時代を切り開いてきた彼は、最後のゴール、8000m峰14座全山登頂に向けて粛々と歩みを進め、86年の秋、ついに成功する。メスナーの著作は邦訳も多数刊行された(写真の『ナンガ・パルバット単独行』は残念ながら現在品切れ)。

*『山と溪谷』2010年4月号の記事をもとに再構成しています。

関連リンク

同一カテゴリの最新ニュース