小阪健一郎トークイベント「けんじりの辺クラ」レポート

2019年6月6日、「登る人」主催の7回目のトークイベントを「けんじり」こと小阪健一郎さんを迎えて、愛知県名古屋市にあるアウトドアショップOUTDOOR SPECIALITY MOOSEで開催した。辺クラとは、辺境クライミングの略で、国内外の辺鄙な場所にある岩壁や谷、滝を探して登ったり下ったりすることである。フリークライミングが主流である中、辺クラはとてもマニアックな世界だ。しかし蓋を開けてみると30人ほどが集まり、和やかな雰囲気の楽しいイベントとなった。

話は、大学在学中に沢登りを愛好する人たちが集まる海外溯行同人総会で、けんじりさんにとってキーパーソンとなる2人の人物に出会った、というところから始まった。

そのうちの1人である早稲田大学探検部の部員に誘われたインドネシアでの沢登りは「もはや自由やな、なんでもできるぞ」とけんじりさんの意識に変化をもたらし、もう1人の木下さん(きのぽん)の大滝登攀やゴルジュ突破の影響を受け、どんどん沢登りにのめり込むようになったそうだ。

沢登りの技術に磨きをかけたけんじりさんは、その後大きな課題に着手していく。2015年に立て続けて行なった日高と黒部の継続遡下降は、それぞれ12日間と10日間かけた、沢登りとしては長期に及ぶものだった。日高では、食料が尽き、飢餓状態と言える状況に陥ったにもかかわらず「こんなおもしろい沢登りをしたし、次は何をしようか」と思い、そこで考えたのが、それまで谷ごとにトライはされていたが、全てをつなげることに成功した者がいない黒部横断継続沢登りだった。

スクリーンに映し出された剱沢大滝の写真は、切り立った側壁に紅葉した木々がしがみつくように生え、美しかった。

美しいが、人を寄せ付けない威圧感も感じさせる景色の中にけんじりさんとパートナーの大部さんがロープをつなぎあい、壁に張り付いている。寒さに凍え「マジで死ぬかと思った」というほどのギリギリの状態だったと話しておきながら、計画にかかった交通費や食費を計算したものをスクリーンに映し出した。続けて装備についてのアドバイスを披露すると「みなさんへのアドバイスなんで、ぜひ行ってください」とどこかの観光案内でもしているかのような口ぶりで、参加者を驚かせた。

「これで生きて帰ってきて味をしめまして」と、続けて台湾の話に移る。約50km遡行した後、別の谷を35km下降し、下山後2、3日あけて遡行中に高巻いたゴルジュを下降するために再び入山するという長大な沢登りだった。宇宙空間のような写真に「このゴルジュ、やばいですよね」とけんじりさんはなんだかうれしそうだ。

短い休憩を挟んで、辺クラに話題が移った。誰も登ったことのない岩壁などが対象である辺クラには、当たり前だがトポやガイドブックなどない。どうやって探すのだろうか?

京都府馬立島大壁の登攀の場合は、250年前の古い書物がきっかけだった。絵図には、海上に高さ数千丈(1丈=3m)の岩壁がそびえ立つ様子が描かれ「見つけただけやったら面白くないんで、登りに行かなあかん」と、普段しないカヤックを漕いで島に向かった。・・・のだが、そこにあったのは50mくらいの壁。「ちょっと絵とちがう・・・(苦笑)」こんなこともあるのが辺クラだ。

古い書物から見つける方法は例外で、通常は電子国土地理院の地形図から辺クラの対象がありそうな地形を探すという。奥尻島を例に、地形図をスクリーンに映し出しながら、海岸線に沿って画面を移動していくと「この辺は何かありげじゃないですか?」とある谷を指した。「これですよ、これ。これを見つけちゃったわけですよ、僕は」というけんじりさんは、さらに確信を深めるために、グーグルマップの航空写真で同じ場所を映し出した。緑の森を縫う谷の一部が真っ黒な影になっている。「ストリートビューをやりますと、さもここに立ったかのような気持ちになるんですよね」と言いながら画面を橋の上から谷を眺める角度に切り替えると、はっきりとゴルジュを確認することができた。

そのあと、日本に5つある100m級の洋上岩塔のひとつで唯一登られていなかった、木場立神初登までの道のりを話すと、会場からはいくつか装備についての質問が出た。少し考えながら答えたあと、けんじりさんは「この壁を見て登らないのは、クライマーとしてどうなんだ?」という横山勝岳さんの言葉をスクリーンに映し「こういう気持ちですね」というと、最後に同じくトカラ列島の中之島にある火山でのボルダーの動画を流した。背後ではあちこちから毒ガスが吹き出ていて、素人でも異常な場所だとわかる。喉が痛いなと思いながら登ったとうれしそうに話し「いっぱい課題があるんで、ぜひトライしてみてください」と言って参加者を笑わせ、トークイベントを締めくくった。

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小阪健一郎(けんじり)プロフィール
1988年生まれ
大阪府岸和田市出身、京都市在住。
大学山岳部に入部し登山を始め、その後、沢登りや辺クラにのめり込む。
ROCK&SNOWや岳人、山と溪谷などに記録を多数掲載。
ブログ 辺クラ同人 http://henkura.dou-jin.com

イベント主催「登る人(のぼるひと)」紹介
山や沢など自然を舞台にした人やできごとを
イベントや文章で表現するサイト
主宰 朝日陽子
Facebook https://www.facebook.com/noboruhito
ブログ https://noboruhitopeoplewhoclimb.blogspot.com/?m=1

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