映画『フリーソロ』共同監督・製作、エリザベス・チャイ・ヴァサルへリィ インタビュー

聞き手=石鍋 礼/CLIMBING-net編集部

いよいよ9月6日(金)から日本全国の映画館で上映が始まる映画『フリーソロ』、公開に先駆けジミー・チン氏とともに共同で監督・製作を務めたエリザベス・チャイ・ヴァサルへリィ氏に話を伺った。


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映画監督/プロデューサー エリザベス・チャイ・ヴァサルへリィ

2003年、プリンストン大学の卒業作品として23歳で製作した『A Normal Life』で注目を集め、同年のトライベッカ映画祭にて最優秀ドキュメンタリー作品賞を受賞、ドキュメンタリー映画監督としてのキャリアを歩み始める。2016年には夫のジミー・チンとともにドキュメンタリー映画『MERU / メルー』を監督・製作、サンダンス映画祭にて観客賞を受賞。本作では米アカデミー賞ドキュメンタリー賞受賞の快挙を達成。

❏ この作品の製作過程で、主人公のアレックスに万が一のことがあれば、社会的にも非難を受け、個人的にも一生涯続くトラウマを抱えるような大きなリスクがあったと思います。そのリスクを背負ってでも、この作品を完成させるという決断はどのようにしておこなわれたのでしょうか。

ジミーと私はこの作品を製作すべきかどうか、長い時間をかけて検討しました。検討にあたっては、次の3点を考慮しました。まず第一にアレックスは私たちが撮影する、しないに関わらず、必ずエル・キャピタンのフリーソロに挑戦するであろうこと。第二に彼がやろうとしていることが、非常に大きなインパクトを与えるものかどうか。第三に、アレックスが撮影中に下す決断を私たち自身が敬意をもって尊重、信頼することができるかどうかです。

この作品の結末としては、3つの可能性がありました。1つ目は、今回完成した映画のとおりアレックスがフリーソロを成功させる可能性。2つ目は、アレックスが製作の途中で、挑戦自体をやめるという決断をする可能性。そして3つ目は、最悪のケースが発生するという可能性です。私たちは、これらの重荷を3年間に亘って背負い続けました。

そして映画の中でも描かれている通り、私たちは、どのような決断であれアレックスが彼自身にとって正しい決断をするであろうということを信じました。その日が挑戦に適した日でないとアレックスが決断をすれば、私たちはその決断を尊重しました。

最悪のケースが発生する可能性についても、もちろん考えました。そして率直に答えるならば、もし最悪のケースが発生していたとしても、映画そのものは同じような作品になっていたと思います。アレックスがおこなったことが、とても恐ろしく、ひどいものであったかのように描くことは決してなかったでしょう。私たちは常にアレックスが実現しようとしていたことと、その精神を強く信じていましたし、また本当に心の底から強く望むならば、どんなことでも実現できるという考えを強く信じていました。こういった考えを伝えることのできる映画が、私たちが作りたかった映画です。


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❏ この作品を通じて、監督・製作者として観客に一番伝えたかったのはどういう点でしょうか?

この作品は、次の考えを中心に作られています。それは、他の人に話しかけることを恐れ、野菜を食べることができず、ハグをするのも怖がり、自分の周りのあらゆることに恐怖心をいだいていたような少年でも、自分を少しずつ変えていくことができるという考えです。アレックスは自分の周りの人たちが、他の人とのコミュニケーションやハグ、野菜を食べることにより、恩恵を得ているということに気づき、自らを変えていきます。アレックスは、野菜を食べれるようになるために、少しずついろんな野菜にトライします。そしてアレックスはまったく同じやり方をエル・キャピタンのフリーソロにも応用するのです。私たちは、「どんなことであっても、本当に一生懸命取り組めば実現できる」というこの考えに大きな感動を覚え、この作品を作りました。


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❏ 映画の中では、感情をあまり表に出さず自分の目標に向かって物事を淡々と進めていくアレックスと、感情豊かでアレックスを心の底から心配するサンニや他のメンバーが、対照的に描かれているのが非常に印象的でした。一見するとアレックスはまるで感情のないスーパーヒューマンのようにも見えるのですが、エリザベスさんからみて、アレックスはどのような人物ですか?

アレックスは極めて誠実で実直な人物だと思います。アレックスも昔はいろんな物事に恐怖を覚えていたと思います。ただアレックスには信じられないような集中力があり、自らの精神をコントロールする力が非常に強いのです。私たちは、秩序だった方法で物事に取り組むことで、自らのコンフォートゾーンを広げ、恐怖を感じる幅を狭めていくというアレックスの考えをとても気に入っています。アレックスの周りの人たちは非常に心配していましたが、アレックスは、エル・キャピタンをフリーソロするために多大な努力をしていくという明確な決断を下しました。そして周りの全員が、アレックスが正しい決断をしたと信じることにしたのです。


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❏ プライベートでもパートナーであるジミー・チンさんと共同で監督・製作をおこなっていらっしゃいますが、お二人の中で役割分担のようなものはあるのでしょうか。

今回の作品は、私にとって7番目の映画で、ジミーにとっては2番目の映画でしたが、私たちはお互いに異なる視点を持ち合いました。私たちのどちらか片方が欠けただけでも、この映画を作ることができなかったと思います。ジミーは、垂直の世界で長年の経験を持ち、このタイプの撮影をできる人物の中でもっとも優秀な人物の一人です。ジミーは撮影中の日々のリスクを慎重に判断することができ、ロッククライミングに関する広範な知識ももたらしてくれました。

私の役割はストーリーテラーです。私はどうやってストーリーを組み立てていくかに関心をもっています。この組み合わせが『フリーソロ』という作品を生み出したマジックだと思います。私たちはお互いを信頼し合いました。私はジミーのリスク評価を信頼し、ジミーは私を信頼しました。ジミーは私に、私が映画を作るのに本当に必要なものは何か?という質問しかしませんでした。ジミーは私の決定を尊重してくれました。そこには強い相乗効果がありました。


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❏ お子さんが2人いらっしゃいますが、もしお子さんが大きくなってアレックスのようにフリークライミングを始めだしたらどうしますか?

フリークライミングをおこなうのはよいですが、フリーソロはやってほしくないですね(笑)。一方で、子どもたちがしっかりとした教育を受け、一生懸命ものごとに取り組んでくれる限りは、やりたいことを自由にやってほしいと願っています。

❏ 今後もクライミングやクライマーに焦点をあてた作品を製作する予定や意向などはありますか?もしあるとするならば、どのような作品を製作したいと考えていらっしゃいますか?

いまいくつかのプロジェクトに取り組んでいますが、そのうちの一つはイヴォン・シュイナード、クリスティン・トンプキンス、ダグ・トンプキンスに焦点を当てた作品です。クライミングのシーンはありますが、クライミングがメインのテーマではなく、気候変動に焦点をあてた作品になると思います。純粋にクライミングのみにフォーカスした映画は、しばらくは撮らないと思います。

❏ 最後に日本の観客、特にクライマーの観客にひとことメッセージをお願いします。

アレックスにとってのエル・キャピタン フリーソロのような大きな夢や目標は、誰もが持っていると思います。私たちは、この映画をみた人々が刺激を受けて、自らの夢を追い求めてくれること、またどんなことであっても一生懸命取り組んでいけば実現ができるという考えを理解してくれることを願っています。

❏ インタビューを終えて

今回のインタビューを通じ、フリーソロをおこなったアレックス・オノルドはもちろん、監督・製作を務めたエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ氏自身も、夫であるジミー・チン氏とともに、ドキュメンタリー映像作家として自らの人生を賭け、並々ならぬ覚悟を持って製作に臨んだ作品であるということが伝わってきた。またインタビューの中では、たびたび「信用、信頼(Trust)」という言葉が登場し、製作に関わったすべてのメンバーの間で構築された強い信頼が、この素晴らしい作品の完成につながっていると感じた。

映画『フリーソロ』は9月6日(金)から 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて公開。ぜひ最寄りの映画館へ足を運んでいただき、自らの目で作品を鑑賞していただきたい。

映画「フリーソロ」公式サイト:http://freesolo-jp.com

公開日:9月6日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
配給:アルバトロス・フィルム
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監督・製作:エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ、ジミー・チン(『MERU/メルー』)
出演:アレックス・オノルド、トミー・コールドウェル、ジミー・チン、サンニ・マッカンドレス
撮影監督:ジミー・チン、クレア・ポプキン、マイキー・シェイファー
音楽:マルコ・ベルトラミ(『クワイエット・プレイス』『LOGAN/ローガン』)
主題歌「Gravity(原題)」:ティム・マッグロウ
2018年/アメリカ/100分/原題:Free solo 日本語字幕:畑アヤ子 字幕監修:平山ユージ
提供:ニューセレクト/配給:アルバトロス・フィルム

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