インタビュー:「現世」五段/V14を完登した松藤藍夢のドキュメンタリーフィルム『HALF-BOILED』が公開中。「完登したのはコンペ出発3日前でした」

文=編集部
photo=Tatsuya Utsuno

ボルダーの日本代表として世界シリーズ戦に出場を重ねる一方で、先ごろ高難度ボルダーの名作「現世(うつしよ)」の完登を果たした松藤藍夢(まつふじ・あのん)さん。コンペティターであると同時に、女性では数少ない五段/V14を手中にした彼女の格闘に迫るドキュメンタリーフィルムが現在公開されている。

その『HALF-BOILED』の公開にあわせて松藤さんに話を伺った。

「現世」の初見と、五段の世界

初めて触ったのは2年前、2024年 3月だったと思います。初日にすべてのムーブがバラせて、これは結構できるかもとポジティブな印象でした。男性は足を残して止めるムーブのところを自分は足を切って止めに行ったりとか、自分の身長やリーチ的にも対応できそうな感じで。でも、気分転換に外岩で二段、三段の課題を登るのとは違って、五段は本気で闘わないと登れない世界。夏はコンペがあることや、外岩はコンディションとしても冬がシーズンなので、完登まで3シーズン計11回通いました。

課題の内容

岩の傾斜は140度ぐらい。そこに3mmぐらいの極小のカチが続きます。自分の場合はリップまで11手でしたが、一瞬でも気が抜けなくて、ずっと体幹に力を入れたまま1分ぐらい登り続ける感じ。耐久力も必要だし、最後のデッドで取りに行くムーブはもう押し切るしかない。
途中(なかなかムーブをつなげられず)もう課題も見たくないというほど心が折れたんです。正直、一つの課題をこんなにやり続けることってなくて。でも登り切りたいという思いはずっとありました。ダメなら違う課題をやりに行く人のほうが多いと思うんですが、自分は負けず嫌いなところがあって。逃げたくないし、これを登ったら自分の自信になると思いました。

完登日

じつは完登したのは4月末。中国のワールドカップ(ボルダー開幕戦)に向かう出発 3日前でした。ふだんはコンペ直前に外岩へ行くようなことはないのですが、やり残したものがあるままコンペに向かうのは嫌だった。これが今シーズン最後のチャンスだと信じて突き進みました。
「現世」がある岩は上部が苔に覆われていて、少しでも雨が降ると湿気でコンディションが悪くなるんです。完登した日は夜から雨の予報だったんですが、日中はすごい天気がよくて。前日も晴れて岩のコンディションは最高でした。メンタル的にも今日は行けそうだなという感じで登り切ることができました。

コンペと外岩との両立

その中国のワールドカップでは残念ながら決勝に進めなかったんですけど、「現世」の効果というか、予選から自信をもって挑めたと思います。それまではラウンド中、1課題目が登れなかったりするとメンタルが下がってしまうことも多かったんですが、毎回気持ちを切り替えることができた。
自分は単純にコンペのクライミングも外岩のクライミングもどっちも好きで。コンペは飛んだり跳ねたりコーディネーションの課題が多いですが、自分はカチが強みなので、保持力が求められる外岩の課題が得意なんです。
動きは全然違いますが、コンペと外岩は共通するところもあります。「現世」も、最後は“押し切る”力が必要でした。コンペの苦しい場面でもそういうメンタルは必要になります。だから外岩で自分の限界に挑戦するという経験はコンペにも生きてくると自分は思います。

これから

コンペでは次のオリンピックでメダルを取ることが目標です。外岩はやっと「現世」が終わったので、まだまだ触っていない課題にトライしたいし、海外ツアーにも挑戦したいです。コンペと外岩、どちらも本気で取り組んで、クライマーとしての自分なりの新しいスタイルを生み出せたらいいなと思っています。

*余談ながら、本作は松藤さんの完登を見る前に、その葛藤と成長過程を描く物語として『HALF-BOILED』(半熟)と名づけられたという。製作ギリギリのタイミングでみごと松藤さんは「現世」を成功させた。これからますますクライマーとして成熟していく姿に期待したい。
*「現世」は恵那・笠置山にある小山田大初登の課題。今回の成功は、女性初と思われる。

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