互いの信頼感とともに、
そのポジティブな共通感覚が、
クライミングコミュニティの核となっていく

文=大石明弘 写真=佐藤正純

80年代、ヨセミテのレジェンドクライマーたちは「ストーンマスターズ」と呼ばれていた。現代の先鋭的なヨセミテのクライマーたちの愛称「ストーンモンキーズ」 はそこから派生している。そして、今回のパタゴニアの映画は『ストーン・ローカルズ』 。製作は、フィッツロイ・セブンサミッツのすべてを新ルートから登攀した経歴を持つマイキー・シェイファーがリーダーのチームだ。

だが、この映画で紹介されるクライマーたちは、パタゴニアのアンバサダーの横山勝丘以外、プロレベルのクライマーはいない。

石掘りのアート作品を創りながら、ドイツのヘルデッケでボルダーエリアを開拓し、トポを描き続けているダニエル。ソルトレイクシティで、家族全員でクライミングを続けるキースリー一家。レッドリバーゴージで生まれ育ち、ピザ屋を営みながら、その岩場で登り続けるダリオ。ポッドキャストを配信しながら、チャタヌーガの岩場で、ハードなクラックの女性初登を狙うキャシー。 彼らの生き方が、入れ替わりで紹介されていく。

家族と過ごす岩場の時間

映画の副題は「ロッククライミングの神髄を再発見する」。生活の一部としてクライミングに取り組み、岩場に向かう彼らの姿は、まさにその「神髄」を象徴しているように見える。そしてそれは、インドアジムの数が右肩上がりの現代において、たしかに「再発見」ともいえるだろう。

横山のパートは、瑞牆山麓の森にある自宅での撮影が中心となる。家族のために朝ごはんを作る姿や、子どもを学校に送りだす場面、後ろに子どもを乗せて自転車を走らせているシーンなど、カメラは横山の日常生活を追う。横山は、映画完成後にこう語っている。

「この数年、家族と一緒に過ごして、日常生活との折り合いをつけて登るっていうのが、自分のキャラクターを形成している感じだった。このシーンで、それを再確認させられた」

カメラが収めた横山の日常

その後、映画は、横山が部屋で一人、写真を見ながら2008年のアラスカ遠征を回想するシーンになる。横山らはデナリで壁から壁への継続登攀を行なう。横山はそこで雪目になり、行動が困難な状況に。それでも登り続けたいと思えたのは、そこに信頼できるパートナーがいたからだった。

横山たちが満身創痍でベースに下山すると、別の隊の山田達郎と井上祐人がまだ戻ってこないことを知る。そして結局、二人は戻ってこなかった。

「人が死ぬってことは、あんまり話したくなかったんだけど。アルパインをやっていて、家族ができて、となっていくと、結局、それまでよりも自分の命のことを考えるようになるから」

ほかのシーンでは、海外遠征時に、妻の千裕が子どもたちの写真を持たせてくれるというエピソードも。横山は山でそれを見ると「ちゃんと元気に山を下りて、日本に帰るぞという気持ちになる」と、映画の中で語っている。

家族やパートナーたちとの絆と同時に、そこには、クライミングにおける死の可能性が、静かに表現されていた。

デナリ継続を振り返りながら

クライミングは高いリスクを伴う――。それは間違いのない事実だ。だが、極限をめざすわけではない市井のクライマーのライフスタイルを描いた作品のなかにあっては、重すぎることを語っているように思えた。

しかし映画が終盤にさしかかると、横山以外のクライマーたちも次々と命について話し始めるのだ。だが、それは失われた命ではなく、救われた命についてだった。

それまで明るくクライミングをしていた登場人物のほとんどが、人に語りづらい過去を抱えていた。ある者は感情的に、ある者は訥々と、その体験を語る。

そして誰もが言う。自分が救われたのは、クライミングとそのコミュニティのおかげだった、と。

時に生命に関わる領域で行なわれるクライミングという冒険。しかし同時にそれは、人生を再生させ、命を守ってくれる力があるのだ。

カメラの前で彼らは、動き、語り、泣き、そして笑う。シナリオがなければ、演技もないドキュメンタリー映画。そこで彼らが過去を独白し、心をさらけ出せたのは、同じクライマーのマイキーへの強い信頼感があったからだろう。おそらく、一般のディレクターではこの映画は作れなかった。

横山は言う。「マイキーとはパタゴニアで何度も会っていて、今回、日本では一緒に登った。ほかの現場でもマイキーは、登場人物たちと一緒に登っていたのだと思う。クライミングにはお互いに命を預ける部分がある。信頼とか、つながりとか、一言では表現できないけれど、そういう〈濃い部分〉が、確実にあるよね」

映像の中には、瑞牆山の小ヤスリ岩を横山が登るシーンもある。ドローンを使い、眼下に広がる紅葉の森と背景の富士山、そしてその中でしなやかなムーブを繰り出す横山が、みごとな構図で映し出されている。横山はこうも語った。

マイキー・シェイファーと横山

「自然の中でのクライミングは最高。それによって人々の生活は、より豊かになる」

生活環境や人生経験は、人それぞれ。だがどんな境遇のクライマーも、横山と同じ気持ちで自然の岩を登っている。互いの信頼感とともに、そのポジティブな共通感覚が、これからもクライミングコミュニティの核となっていくのだろう。

■YouTubeプレミア公開+トークセッション

日時: 2020年9月11日(金)19:00~
場所: https://youtu.be/acA4hOwmJIo
プログラム: 作品上映70分/トークセッション45分
トークセッション・スピーカー:
横山「ジャンボ」勝丘(パタゴニア アルパインクライミング、ロッククライミング・アンバサダー)
倉上慶大(パタゴニア ロッククライミング・アンバサダー)


Stone Locals
ストーン・ローカルズ
監督: シェイン・レンプ
マイキー・シェイファー
出演: ダニエル・ポール
ケースレー・ファミリー
ダリオ・ベンチュラ
キャシー・カールレ
横山「ジャンボ」勝丘
上映時間: 70分
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