【2】デイブ・マックラウドによる前人未踏の継続登攀 「五重の8」とは?

「五重の8」の条件が整うには?

「五重の8」の課題のうち、条件的に最も限られるのは、スコットランド冬期登攀ルートだ。当然、冬期に限られる。そして、グレードⅧという高難度になると、必然的に(純粋な氷滝ではなく)ミックスルートに限られるため、それがさらに機会の時期を狭くしている。スコットランド(英国)の冬期登攀の倫理として、ミックスルートでは、岩が白くなければならない、とされる。「白い」とは海老の尻尾がついたような状況のことだ(“rime”(白霜)と言う)。仮に温度が氷点下10度でも、岩が黒い状態だと、そもそも取り付くこと自体が非難されるし、仮に登ったところで登ったとは見なされない。フリーのルートを人工で登るようなものと(よく言っても)喩えられる。岩が白くなる状況は、その日までの天候の履歴に大きく左右される。端的には、湿度が高く、降雪と風があり、氷点下前後を温度が揺れ動く状況が理想的だ。

午後5時ごろ、Frosty’s Vigil VIIIを完登

岩が白ければ倫理的な問題はなくなるが、もし海老の尻尾がつきすぎていると、実際上の問題が深刻になる。まず、岩の表面が見えなくて実質上の難度が上がる。そしてそれ以上に問題なのが、クラックが覆い被されるために、トラッドスタイルのスコットランド冬期登攀においては、中間支点を取ることが極めて困難になることだ。それらが絶妙のバランスのタイミングを狙うのは容易ではない。

加えて、「五重の8」24時間挑戦特有の難しさがある。 まず、北部スコットランドでは、冬期は日照時間が短い。冬至の頃だと日照時間6時間になる。ほとんどのミックスルートは標高1000メートル以上にあり、海抜ほぼゼロからアクセスするため、アプローチに2〜3時間かかることが普通だ。ルートはほぼ確実にマルチピッチであり、下山の時間も考えると、ミックスルートと(海抜ゼロの場所にあるだろう)岩のルートを同じ日に登ることは時間的に容易でない。加えれば、1000メートル上のミックスルートの条件が整うような時、すなわち湿度が高くて温度が低い時、まして日照時間が短い時に、(岩登りやボルダリングのための)岩のルートが乾いている可能性は高くない。

マックラウドは、ベンネビス山の麓に移住してきた10年前以来、「五重の8」のアイデアを温めてきた、と言う。同地では、3月になれば日替わりで違った種類(冬期登攀の翌日にボルダリングなど)のクライミングを楽しむことができることはよくあるからだ。日照時間の長さも有利に働く。ただし、厳冬期に比べると、高難度ミックスルートの条件が整うことが少なくなるのが問題になる。

英国の今年の冬の気候は例外的だった。「Beast from the East (東方から来たる猛獣)」と名付けられた東方(バルト海やシベリア)からの大寒波により、ベンネビスのエリアでは、高山は冬期登攀、下界では岩登りの条件がかなりよく整っていた。 やらいでか。