【3】デイブ・マックラウドによる前人未踏の継続登攀 「五重の8」とは?

「五重の8」完遂

以下が「五重の8」プロジェクト完遂までの記録だ。マックラウド自身によるブログ記事を基にしている。「五重の8」プロジェクトの実行前、マックラウドは何日もかけて、可能性があるルートを探った。 同地の「8」のグレードのルートの中で、現実的にどのルートが可能か。

本番の前の週には、ベンネビス山に2回出かけて可能なミックスルートを探った。しかし、いずれも完全に失敗に終わった、と話す。1日は雪崩の危険が高すぎると判断して撤退した。もう1日は、ルートの核心高く登るもクラックに氷が詰まり過ぎていて中間支点がどうしても取れず、ランアウトのセクションを冷や冷やしながらクライムダウンして撤退したと言う。 それと並行して、海抜ゼロでは、(以前登ったことのある)岩のルートを再登練習した。秒速30メートルの吹雪の中での岩登りの練習は、なかなかの挑戦だったと笑う。そして、(天候的にチャンスがあるかどうかわからないまま)本番前の2週間、連日、冬期登攀から岩登りまでこなし、体力的に自分を追い込むトレーニングをこなした。


午後7時すぎ、Aonach Mor より。左がBen Nevis, 中央がCarn Mor Dearg

迎えた本番の2018年3月19日、午前4時半起床。

午前6時半、日の出とともにお目当のボルダーに着くと、コンディションは完璧だった。おそらくこの冬最高だったと語る。0℃、無風。10分のウォーミングアップの後、ボルダー課題 Cameron Stone Arete (Font 8A+)を登る。最後のムーブでスタンスを微妙に誤って墜落しかけるも、ギリギリ持ち堪えた。長く感じた1秒だった。これにて「五重の8」挑戦の幕が切って落とされた。6時50分。

次は、トラッドのルートMisadventure (E8 6c)。2004年に自身が初登したルートだ。万一核心で落ちれば、大怪我の可能性大。7時半に登り始める。核心で足がスリップして、おまけにホールドの存在を一つ忘れているも、パワーで何とかカバーして事無きを得た。上部では、一部のホールドには氷が張っていた。

次は、スポートルートLeopold (F8a)。駐車場着 8:30、予定より30分早い。マックラウドが二登したルートで、以来、(もっと高難度のルートの準備として)数えきれないほど登ったと言う。この日、核心は問題なく超えたものの、上部の最後のレストのためのスタンスには氷が張り、上部核心のサイドプルのホールドはつららでカバーされていた……。前週の練習時、そう言うこともあろうかと別のムーブも考えていたため、問題なく登れた、と語る。9:15には駐車場に戻る。

次がいよいよベンネビス山の北壁上部のミックスルート。そのルート取付きに行く道中、(大きく)回り道してマンローの山頂を二つ踏んでおく。12時過ぎに取付きに着く。パートナーのイアン・スモール(スコットランドの夏冬オールラウンダーと言う意味で、マックラウドに続く一流クライマー)がすでにギアと共に待機してくれていた。(前週の偵察行が失敗した結果の)目標のルートは、Frosty’s Vigil (VIII, 8)。成功すればこれが第二登(オンサイト)になる。第一、二ピッチをマックラウドとスモールが交互リードする。核心の第三ピッチのリードはマックラウド。ここまでは予定通りながら、この核心のピッチが登れる状態かどうかは氷の付き方に依るし、何と言ってもオンサイトなので、登ってみないと分からない!
核心のルーフの前で完璧なアイスフック(「ブルドッグ」や「スペクター」とも呼ばれるアックスのピックのような形のギア)中間支点を2個極めてから、左上部のつららを目指す。マックラウドは、アックスの一振りごとにプロジェクトの完遂が現実感を帯びてきたように感じた、と語る。足元に素晴らしい高度感を感じながら無事完登。18時少し前に、ベンネビス山頂に立つ。

ここでスモールに別れを告げ、撮影機器とともに山頂稜線で待っていたウッズと二人で、日没の残光を背に、残りのマンロー6座に向けて発つ。足の筋肉が悲鳴を上げるも、一歩一歩歩いて行くしかない。頭の中にはバグパイプの音楽がこだましていた、と言う。持参の飲料水はとうに無くなり、氷雪の世界の中では氷を齧るしかないのもご愛嬌。プラティパスに氷を詰め込んで下着の中に突っ込んでみたけれど、2座登った後でも 5cc の水が融けた程度だったとか(後に判明したところでは、この夜、下界でも -9℃だったと言う)。

午前1時20分、ついに最後のマンローの山頂に達した。この日の最初のボルダリングから数えて 18.5時間。「五重の8」プロジェクト完遂の瞬間だ。休みを入れながら自宅まで10kmほど下山した頃には地平線が白みかけていた。このプロジェクトを達成できる日が来るとは考えたこともなかった、とマックラウドは語る。永く記憶に残る一日だった、と。

[謝辞]本稿執筆にあたり、デイブ・マックラウドとケビン・ウッズは、筆者の質問にも答えて、また写真を快く提供してくださった。深く感謝する。