ケイト・ケレガン、ローラ・ピノー、女性クライマーで初めてヨセミテ・トリプル・クラウンを達成【前編】


ハーフドーム頂上にて

Sam MacIlwaine ‐ climbing.com  
訳=羽鎌田学  
写真=Jacek Wejster

2025年6月8日、米国人女性クライマー、ケイト・ケレガンとフランス人女性クライマー、ローラ・ピノーが、マウント・ワトキンス、エル・キャピタン、そしてハーフドームの3つの壁を継続して、計23時間36分で完登した。

I. 一秒一秒が大切

午後10時15分、白いバンがエル・キャピタン・メドウに入ってきた。ほぼ満月の月が、インクブルーの空を背景に高さ約900メートルの一枚岩を照らしている。20人ほどがフェンスの脇に群がっている。6月の夜はジャケットを着るには暑すぎる。バンのヘッドライトが消えると、車内の2つの色が浮かび上がる。ケイト・ケレガンが履くピンクのレギンスと、ローラ・ピノーの赤いレギンスだ。群がっていた人たちが歓声を上げて波のように押し寄せる。YOSAR(ヨセミテ公園捜索救助隊)の元メンバー、ジャック・キーンが、真剣な面持ちで姿を現し、口を開く。「先ずは彼女たちが準備を整えるのを待とう。励ましの言葉をかけるのは、その後だ」

集まっていた人たちは静まり返る。ケイトとローラがバンから飛び降り、カーニバル・レースで優勝を狙っているような猛烈なスピードで、カムをギアラックにクリップし始める。ローラは疲れ切った様子だったが、一つだけジョークを飛ばす余裕はあった。

「残るは、壁ひとつ!」と、彼女は言い、そして自らの誤りを訂正した。「あっ、ふたつだったわ!」。彼女はそんな考えが重すぎるかのように首を振り、再びギアの整理に意識を戻した。

2人はマウント・ワトキンスのSouth Face(5.9 C2+、667m)を登ってきたばかりだ。多くのクライマーにとって、マウント・ワトキンスはそれ自体が数日間の冒険行だが、ケイトとローラにとっては、ヨセミテ・トリプル・クラウンを構成する3ルートのうちの最初のルートに過ぎなかった。彼女たちが目指すのは、ヨセミテの3大岩壁を1日で登り切る、伝説的な継続登攀だ。

5.13d/5.14aレベルのクラック・クライマーであるローラ・ピノーは、ヨセミテの岩壁では1日に2本のルートを継続して登ったことはなかった。しかし、YOSARの元メンバーでスピードクライミングのベテランでもあるケイト・ケレガンは、ハーフドームのRegular Northwest Face(5.9 C1、667m)とエル・キャピタンのThe Nose(5.9 C2、914m)という2ルートを継続登攀した経験があった。そんな彼女たちが目標とするヨセミテ・トリプル・クラウンは、2001年にディーン・ポッターとティミー・オニールが打ち立てたチャレンジ課題だ。そして、その後の24年間で、それを達成したのは、ソロで登ったアレックス・オノルド以外に、わずか10組の男性クライマーのみであった。

その夜、ケイトとローラは、マウント・ワトキンスで以前に出したベストタイムを40分も縮めたにもかかわらず、女性初の三冠達成という目標を前に、一瞬たりとも無駄にはできなかった。下を向いて一心不乱にギアを整えていたケイトが顔を上げた瞬間、すかさずYOSARの元同僚であるケイティ・ストックトンが無言で前に進み出て、空っぽのバックパックの蓋を開ける。ケイトとローラの2人は、準備のできたハーネスをバックパックに詰め込み、それを閉じる。

最後に、ケイトは拳を握り、息を吸い、力強い気合の声を上げた。すると、20人の声がその叫び声を増幅させ、おまけにヨーデルや猿の咆哮を真似た声までが加わり、その圧倒的な音量は、人々が2人を激励する声をかき消さんばかりであった。声援が静まると同時に、2人の女性クライマーとボランティアのポーター役の人たちは、走り出すのを必死にこらえながら、レッドウッドの森へと力強く歩き出す。

15分後、エル・キャピタンの取付きに2つの明るい光点が現れる。ローラは、ここ2週間、毎晩寝る前にThe Noseの最初の4ピッチのシークエンスを一つ一つ頭の中でリハーサルしてきた。しかし言うまでもなく、マウント・ワトキンスのような大きな壁を登った後で、そのシークエンスを試みたことはなかった。メドウから見ると、最初の小さな光が上方にゆらゆらと動き始めていた。

II. ヨセミテ・トリプル・クラウンの2001年から現在まで

もちろんヨセミテ・トリプル・クラウンも有名だが、その達成者たちも同様に名だたる人ばかりだ。2021年以前の達成者リストには、ディーン・ポッターとティミー・オニール、そしてアレックス・オノルドとトミー・コールドウェルが名を連ねている。そのうちのトミー・コールドウェルは、なんと計71ピッチのすべてをフリーで登っている。トミーとの完登からわずか数週間後、彼のパートナーであったアレックスは、ロープ・ソロでトリプル・クラウンを完登し、更にレベルアップした記録を打ち立てた。この記録は、その後誰も達成していない。その他、2021年以前のリストには、デイブ・アルフレイとシェイン・レンプ、そして2018年に18時間45分のトリプル・クラウンのスピード記録を樹立したブラッド・ゴブライトとジム・レイノルズらの名前も含まれている。

計2100m以上にも及ぶ登攀高度に加え、岩壁間での約29㎞の徒歩移動を含むトリプル継続登攀は、単なるウルトラ級の種目ではない。睡眠不足の状態で大フォールのリスクを背負っての精神的な挑戦でもある。ヨセミテの壁でのワンピッチは平均約30mで、標準的なトラッドクライマーなら1ピッチあたり12~18個のプロテクションをセットする。しかし、例えばローラは、時間を節約するために、1ピッチにプロテクションを2個しかセットしないと見積もっていたが、これは普通のトラッドクライマーなら驚くような数字だ。

2021年から2023年にかけては、クライミング・コミュニティで毎年トリプル完登を達成する者が増え、その多くはYOSARチームのメンバーによるものだった。2021年にはジョーダン・キャノンとスコット・ベネット、2022年にはダンフォード・ジョーストとニック・エーマン、そして2023年にはタイラー・カロウとマイルズ・フルマンがトリプルを達成した。マイルズは最後のルートをトップアウトした直後のインスタグラムへの投稿で、自らのパフォーマンスを「ヨセミテのスピードクライマーにとっての最終試験であり、我が生涯で最大の成果」と位置づけ、それまでの8度のトリプル成功のうち5度(アレックス・オノルドのソロを含む)に、YOSARメンバーが関わっていると付け加えた。

一方、ここ2年間でスピードゲームの人気は高まり、一部の人にとってはほとんどカジュアルなものになっている。2024年には、2組の注目すべきペアがヨセミテ渓谷を揺るがした。先ずは同年6月下旬には、イマノール・アムンダラインとシダー・クリステンセンが、3つの岩壁の間を自転車で駆け抜ける「人力トリプル」に挑戦。彼らは、余興にバスク人であるイマノールの出身国スペインの伝統的な山羊革で作った水筒に赤ワインを詰めて持参し、それを堪能。そして10月には、タナー・ワニッシュとマイケル・ヴァイルが17時間55分というスピード新記録を達成した。その1週間後、タナーとマイケルは、今度は第4の壁としてワシントン・コラムのSouth Face(5.8 C1、365m)を最後に登り、自らの成果を「ヨセミテ・クワッド」と名付けた。

この2025年春には、史上最多となる3ペアがトリプル完登を目指し、ヨセミテ渓谷に集結。昨秋、Golden Gate(5.13b)ワンデイ・アッセントの7人目の達成者となったジェイコブ・クックは、Lurking Fearのロープ・ソロとチーム・スピード記録保持者であるブラント・ハイセルと組んだ。また昨年、エル・キャピタンからハーフドームへの継続登攀を22時間49分で達成したハンス・ビュートラーとノア・フォックスも、ケイトとローラのひたむきな挑戦に加わった。そして、2025年にトリプル完登を目指す彼ら3ペアは、「トリプル・トリプル・スレット」という名のグループチャットを開設。

「正直言って、グループチャットが今シーズン一番の楽しみでした」と、最近になってハンス・ビュートラーがコメントした。「3ペアとも、本当にお互いを支え合っていました」。4月から5月にかけて、各ペアがある岩場のルートをトレーニングでひと登りするたびに、所要時間、つまり「スプリットタイム」をグループチャットに書き込み、お互いに刺激しあってそれぞれのパフォーマンスの向上に努めた。

ケイト・ケレガンによると、過去のほとんどのトリプル達成ペアは、6月下旬の夏至の日から3日以内に完登に成功している。それは、その時期の過酷な暑さに耐えなくてはならなかったが、長い日照時間を最大限に利用できることが大きな理由となっていたようだ。しかし、今年集結したペアは、5月下旬から6月上旬には早々と暑さがやってくると判断し、行動開始を早めた。そして6月の第1週、先ずはジェイコブ・クックとブラント・ハイセルが22時間かけてトリプルに成功。ジェイコブは予想以上に厳しかったとコメント。その2日後にトライしたハンス・ビュートラーとノア・フォックスは、2本目のThe Noseの途中で中断。ハンスが誤って#4カムを引き抜き6m墜落し、足首を捻挫してしまったのだ。

しかし、ケイトとローラは、荒天が予測される中、特にマウント・ワトキンスとハーフドームで雷雨に巻き込まれないようにと、トライを延期し続けた。スピードクライマーの簡素なギアラックでさえ、雷を引き寄せるのに十分な金属が含まれているからだ。最終的に、彼女たちは天気が安定の兆しを見せ始める2025年6月7日(土) の午後4時をスタート時間に定めた。


マウントアトキンスにて – ケイト

III. 女性パートナーを探す難しさ

ケイト・ケレガンは直近の3年間、この24時間という限られた時間のために綿密に計画を立ててきた。実際、2022年6月16日にエル・キャピタンのThe NoseとハーフドームのRegular Northwest Faceという2ルートの継続登攀を達成して以来、今年32歳のケイトは、自分のスピード、情熱、そしてリスク許容度に匹敵するものを持つ女性クライマーを探し続けていた。

しかし、2022年6月の時点では、パートナーとなりそうなそんな女性クライマーはまだ彼女の周辺には見当たらなかった。そんな折、当時22歳だったローラ・ピノーは、ケンタッキー州レッド・リバー・ゴージでミゲールズ・ピザで寝泊まりしながら登っていた。そして彼女は自分をトラッドクライマーだとは思ってもいなかった。その2年前のヨセミテで5.6のMunginellaを登った際に恐怖で足がすくんでしまった時以来、トラッドを諦めていたのだ。そして9月、ローラはあるクライミング・フェスティバルで指折りの女性トラッドクライマー、ブリタニー・ゴリスと出会い、その後2ヶ月間、インディアン・クリークの岩場で彼女からクラッククライミングのテクニックを学んだ。そしてシーズンの終わりには、師匠であったブリタニーは、ローラにエル・キャピタンのFreerider(5.13a)完登を目指すよう勧めたのだった。

そして2023年。ケイトとローラは2人ともヨセミテで長い時間を過ごしたが、一度も顔を合わせることはなかった。頼りになるトリプルの女性パートナーを探す一方、ケイトは、春にはThe Noseを何度も登ることでムーブを洗練していき、ダンフォード・ジョーストとロープを結び、8時間38分というスピードの自己ベストを記録した。

同じ頃、同じエル・キャピタンで、ローラがFreeriderに取り付くが敗退。彼女は今一度ビッグウォールでの登り方を独習し、今度はThe Noseにトライしたが、グレート・ルーフまで登ったところで悪天により又もや敗退。続く夏には、彼女はカナダのスコーミッシュへ行き、フリークライミングに焦点を合わせた集中トレーニングを開始。同じ8月には、ケイトはYOSARに空席ができたという連絡を受ける。その後の秋にも彼女たち2人が出会うことはなかったが、ローラは念願のFreeriderを完登し、新たな目標を探し始めていた。

2024年4月、ついにローラ・ピノーがケイト・ケレガンのスピードクライミングの世界に関わる時が来た。ローラはキャンプ4に停めたバンの中で、当時の恋人マイケル・ヴァイルと彼のスピードクライミング仲間、タナー・ワニッシュとくつろいでいた。彼らは、6ヵ月後にトリプル・クラウンのスピード記録を更新し、おまけにヨセミテ・クワッドを打ち立てることになる2人だ。その時、タナーが、YOSARのある女性メンバーがスピードクライミングのための女性パートナーを探していると口にした。その何気ない言葉にローラは興味を持ち、タナーに彼女の名前を尋ねた。

「ローラからメッセージをもらった時、すごく素敵な人のような印象を受けたわ」と、ケイト・ケレガンは言う。「私は『自分が登ろうとしているのは、この3ルートだけだから』ってローラに伝えました」。彼女は、ローラがFreeriderを登ったものの、スピードクライミングは未経験で、The Noseさえもワンデイで登ったことがないことを知った。

しかし、ケイトにはもう選択肢がなくなりかけていた。「来年トリプルを登るためのトレーニングを一緒にできる女性クライマーが見つからなければ、男性とやるしかないわ」と、彼女は当時口にしていた。「トリプルに一度も挑戦しないよりは、そのほうがましよ」

数日後、ローラはパートナーのマイケル・ヴァイルと初めてThe Noseに挑み、これを12時間42分で完登。ただ、ケイトは、まだ完全には納得できないでいた。「ローラは最初の4ピッチをリードしておらず、The Wide Crackでもリードを交代したと聞いた時、私の頭の中には『彼女はさほどリスクを負えるタイプではない』という考えが浮かんだのです」と、ケイトは説明する。「でも、少なくとも性格は合うようでした」。ケイトが言いたいのは、ローラは少なくとも陽キャラだったということだ。24時間にも及ぶ苦難に満ちた冒険行を共にするパートナーには、それが必須の資質だったのだ。

2024年10月、ローラ・ピノーはイタリア北部ピエモンテ州オルコ渓谷で自身最難のトラッドルート、Greenspit(5.14a/5.13d)を完登した後、ヨセミテへ飛び、ケイトと合流。2人はロストラムのNorth Face(5.11c、8ピッチ、212m)でウォーミングアップを行い、ローラはそこで最終ピッチのバリエーション、Alien Finish(5.12b)を完登。その後、The Noseの最初の8ピッチをDolt Towerまでスピードクライミングで試みる通称「ドルト・ラン」にトライ。ケイトは、ローラの能力を注意深く見定める。「ドルト・ランでの自分と彼女のスピードを比較していたのです」と、ケイトは説明する。彼女はドルト・ランの所要時間をNIAD(The Noseのワンデイ・アッセント)のそれの4分の1と見積もっていた。「2人ともDolt Towerに2時間30分で着きました。これはかなり速いペースで、彼女がそこをリードしたのはこれで3度目だったのです」

ケイトは、優れたフリークライマーであるローラがThe Noseの最初のパートを問題なくリードできることがわかった。「彼女は申し分なく速いし、それにもう11月よ」と、その時考えたことを彼女は覚えている。トリプル・クラウンに最適な春まで、あと数ヵ月しか残されていなかったのだ。それでも、遂に、この目標の達成に一緒に全力を注げる女性パートナーに出会うことができたのだ。「もし挑戦するなら、今がチャンスだわ」

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