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“サポートする”から“一緒に登ろう”へ。 クライミングで実現する インクルーシブな世界 NPO法人モンキーマジック 小林幸一郎

文=川原真由美 写真提供=NPO法人モンキーマジック
“見えない壁だって、越えられる” をスローガンに、視覚障害を中心に障害のある人とクライミングを結びつけてきた「NPO法人モンキーマジック」。代表の小林幸一郎さん自身がクライミングとともに人生を歩んできた生粋のクライマーであり、視覚障害者でもある。今年で21年目になるモンキーマジックの活動と、そのなかで見えてきたこと、今後の展望を伺った。
――モンキーマジックの設立はどのようなきっかけで?
16歳の夏にクライミングと出会い、居心地のいい仲間たちと夢中になって登っていた28歳のとき、網膜の進行性難病を告げられました。失意のなかで悪い未来ばかりを想像してしまい……。そんな私にいい意味のショックを与えてくれたのが、全盲の七大陸最高峰登頂者であるエリック・ヴァイエンマイヤー氏でした。米国では多くの障害者がクライミングを通して“できないだろう”を可能にし、自信を取り戻したり、新たな可能性を見いだしたりしていると知り、私自身が再び前を向くとともに、ほかの障害者にも広げていきたいと思ったのです。
――スタートはどのような活動から?
2005年に37歳でNPO法人モンキーマジック(以下、モンキーマジック)を設立し、岩場での視覚障害者向けのクライミングスクールを開催しました。私の原体験を含め、当時は外の岩場でクライミングを始めるのが普通で、人工壁の屋内ジムはまだ少なかったので。

初めてでも参加できるアウトドアクライミングスクール
――クライミングは健常者でもハードルが高いと思われがちですが、周囲の反応はいかがでしたか。
眼科医や盲学校を訪ねて参加を募っても「危険なスポーツを障害者に勧められない」と拒絶に近い反応で。理解してもらうことから始めようと、学会での発表などを行ないました。すると、次第に理解が広がり、徐々にクライミングスクールの参加者が増え、ザ・ノース・フェイスがチャリティTシャツを通して支援してくれるようになりました。現在ではチャムス、アサヒ飲料など7社の協賛企業のほか、賛助企業、助成団体、法人・団体・個人からの寄付に支えていただいています。

21年目となるザ・ノース・フェイスとのコラボTシャツは
サイトガイドで交わされる言葉をグラフィックに
――現在ではクライミングジムでの交流型イベントを定期的に開催され、フィールドが日本各地、さらには海外へと広がっていますね。
クライミングスクール以外にも登る機会がほしいという参加者からのリクエストで2012年に始めたのが、月に1回、月曜の夜に定休日のクライミングジムを貸し切って開催する「マンデーマジック」です。障害がある人もない人も参加できる交流型イベントで、クライミングの仲間を見つけるマッチングの場にもなっています。そこから広がって、全国に地域の人が開催する「○○モンキー」が生まれました。北海道の「えぞモンキー」、広島の「もみじモンキー」など、18カ所で活動しています。シンガポールの「メルデカモンキー」、台湾の「フォルモサモンキー」と海外の仲間たちもいます。

マンデーマジックに集まった仲間たち。
ボルダリングを楽しむうちに、心のハードルが取り払われていく
――サポートするパートナーは登るときにどのような役割を?
サイトガイドといって視覚障害者には次のホールドの方向、距離、形を口頭で伝えます。方向は時計の文字盤になぞらえるので「2時、遠く、サツマイモ」のようになりますね。「もう少し右」など状況に応じて言葉を足しますが、伝えるのはホールドの情報のみです。健常者同士でも同じですが、「登らせてあげる」ではないので、ムーブを手取り足取り教えることはしません。
――核心のムーブはともに解決するのですね。障害のある人とない人が一緒にという機会は、なかなか得られないのでは。
そうなんです。日常での接点が少ないので、見たり聞いたりした知識にとどまりがちです。でも、実際に交流することにより得られる気付きはとても大きなもので、意識がガラリと変わることも。一緒に登って、ムーブを解決していくうちに「クライミングを楽しむ気持ちは同じなんだ」と、障害のない参加者が “助ける人” から “クライミング仲間” になっていくんです。また、視覚障害者だけでなく、聴覚や四肢に障害のある人も参加してくれるようになって、相互理解がより豊かなものに。気付いたら、違いを認め合い、共生する、インクルーシブな社会の縮図がここにあったのです。健常者のメンバーは日常生活で障害のある人への気配りが生まれ、自然にアプローチできるようになったと。そういう変化がうれしいですね。
――クライミングにとどまらない、社会に波及する変化が生まれているのですね。参加者は継続されている方が多いのでしょうか。
7、8割が毎月参加してくれる常連さんです。年齢は30~50代が中心ですが、小学生も一緒に登っています。視覚障害のある81歳のクライマーもいて、登り終わってからの飲み会にも来てくれたり。参加者が友人、知人を連れてきて、楽しかったからと続いていくケースが多いですね。一方で、一人で始める人もけっこういます。健常者もバリバリ登っている人もいれば、初めてクライミングをする人もいて、障害の有無、年齢、職業などのバックグラウンド、すべてが多様です。

子ども向けの交流型クライミングイベント「モンキッズ」。
障害のある子もない子も一緒に遊んで、理解を深める
――クライミングを軸に多様な参加者が交ざり合って、理解を深めていく。とても新鮮な経験になりそうです。
一緒に遊んで、楽しんで、仲間になれる。それこそがモンキーマジックの理想なのですが、設定された課題を同じルールで登るクライミングはそれを実体験しやすいのです。登りたい気持ちも、ムーブが解決したときの喜びも、落ちたときの悔しさも共有できますから。心の中にあった垣根が取り払われたという声はよく聞かれます。さらに一歩先を考えると、このイベントで出会って、自然とクライミング仲間になって「今度、○○のジムに行かない?」という行動に広がっていくといいですね。障害のある方にとっては、クライミングに限らず「もうちょっと出掛けたい」「あれもできるかも」という気持ちにもつながっているようです。

全員が目隠しをして登る「見ざる!クライミングチャレンジ」。
2人1組で交替してサイトガイドも行なう
――障害者スポーツはパラリンピックなどトップアスリートの世界という印象が強かったです。
パラクライミングも世界のトップクラスで選手が活躍していて、2028年のロサンゼルス・パラリンピックから正式競技になったことで、さらに注目が高まりそうです。それはもちろんすばらしいことですが、身近なところにもパラスポーツはあって、一緒に楽しめるんだよということをもっと伝えていきたいですね。マンデーマジックや各地区のイベントに参加してもらえれば、クライミング好きなアマチュアが集まって、障害の有無にかかわらずワイワイ楽しんだり、真剣に取り組んだりする素の姿に出会えます。「あ、なんだかおもしろそう」と思ったら、近くのイベントに足を運んでみてください。

「チャレンジドガールズクライミングスクール」は
障害のある女性が未来を切り開くきっかけにもなっている
NPO法人モンキーマジック

小林幸一郎(こばやし・こういちろう)
NPO法人モンキーマジック代表理事。1968年、東京生まれ。16歳でフリークライミングと出会い傾倒するが、網膜の難病により失明。2005年にNPO法人モンキーマジックを設立し、クライミングを通して障害者の可能性を広げ、健常者とともに楽しむための取り組みを精力的に展開。自身も2011年以降、パラクライミング世界選手権で5度の優勝を果たしたクライマーであり、「クライミングはいちばん大事な友達」と語る。著書に『見えないチカラ 視覚障害のフリークライマーが見つけた明日への希望』(アスペクト)。
〈理念〉 Philosophy
Vision:障害者クライミング普及活動を通じて、多様性を認め合えるインクルーシブな社会を実現し、より成熟した豊かな社会を創ります。
Mission:モンキーマジックとは、「見えない壁だって、越えられる。」をコンセプトに、フリークライミングを通じて、視覚障害者をはじめとする人々の可能性を大きく広げることを目的とし、活動しているNPO法人です。
Value:クライミングを通じ、自分の成長を実感できる体験を届けます。
成長の実感は、自発的な行動により新しいチャレンジ、コミュニケーション、ネットワーキングを通じて得られるものであると考えます。
私たちは、関わる人すべてに、できないと思っていたことができる経験、出会ったことがない人々との出会い、見たことがないほどの笑顔を届けます。
〈年表〉 History
| 2004年 | 前身である任意団体として活動をスタート。 |
| 2005年 | NPO法人モンキーマジックを設立。七大陸最高峰登頂者のエリック・ヴァイエンマイヤーの誘いで複数の視覚障害者とキリマンジャロに登頂。 |
| 2006年 | THE NORTH FACE(株式会社ゴールドウイン)からの支援がスタート。サポートTシャツの第1弾をリリース。第7回日本ロービジョン学会学術総会、第15回視覚障害リハビリテーション研究発表大会の合同会議で、学会発表とクライミング体験会を実施。 |
| 2008年 | 理事の小田浩一(東京女子大学)が「視覚障害のある人の自己効力感に対するフリークライミング体験の短期的効果」を発表。 |
| 2012年 | 交流型クライミングイベント「マンデーマジック東京@高田馬場」を初開催。CHUMS(株式会社ランドウェル)からの支援がスタート。 |
| 2013年 | 広報ツール「リーフレット」が完成。視覚障害のある人にホールドの位置を示すHKK(方向・距離・形)を解説する動画「視覚障害者と楽しむフリークライミング」をリリース。 |
| 2014年 | 東京以外で初の地域交流型クライミングイベント「えぞモンキー」が札幌で発足。 |
| 2015年 | 設立10周年。日本マイクロソフト株式会社からの支援がスタート。10周年記念イベントとして、目隠しをして行なうクライミングコンペ「見ざる!クライミングチャレンジ」を開催。米国のマイクロソフト本社による世界10カ国の非営利団体を支援する助成金「Upgrade Your World」に選出。 |
| 2016年 | 外見ではわかりにくい、耳や目、内部障害等がある障害者クライマーであることを示す「障害サイン付きチョークバッグ」を配布開始。大阪のクラフトビール「箕面ビール」からの支援がスタート。 |
| 2018年 | ケニアで視覚障害者向けクライミングプログラムを提供。神戸アイセンターにクライミングウォールを設置。 |
| 2020年 | 保健文化賞受賞。翌年の贈呈式典で天皇陛下拝謁。 |
| 2021年 | クライミングウェアRokxからの支援がスタート。 |
| 2022年 | 「プレー・アカデミーwith大坂なおみ」から助成を受け、障害のある女性のエンパワーメントを目的としたクライミングスクール「チャレンジドガールズクライミングスクール」をスタート。 |
| 2023年 | 映画『LIFE IS CLIMBING』を全国で公開。鈴木直也と小林幸一郎の人生とクライミングトリップを追ったドキュメンタリー作品。日本映画批評家大賞のドキュメンタリー賞を受賞。 |
| 2024年 | 障害の有無にかかわらず、子どもたちが同じ空間でクライミングを楽しむ「モンキッズ」が誕生。海外で初の地域交流イベント「MerdekaMonkey」がシンガポールでスタート。 |
| 2025年 | 設立20周年。児童書『見えない壁だって、越えられる。クライマー小林幸一郎の挑戦』(高橋うらら・著金の星社)が出版。調査研究発表会「交流型クライミングが拓く共生社会の可能性」を開催。 |

米国ユタ州のフィッシャー・タワーズをめざす1万㎞の旅を追った映画
「LIFE IS CLIMBING」
NPO法人モンキーマジック
https://www.monkeymagic.or.jp/
