好評発売中の『ピート・ウィタカーのクラッククライミング』訳者・中嶋 渉氏に聞く

Rock & Snow編集部Oです。日本のクラック人口の実態が見えないまま、おそるおそる刊行した『ピート・ウィタカーのクラッククライミング』。(なんと)おかげさまで、このたび増刷が決まりました。本書の刊行が決まると同時に、多くのクライミングジムやショップが想像以上に販売協力をしてくださり、またクラック愛好家のみなさんからもたくさんの後押しをいただきました。本当にありがとうございます。

本書がこれほどまで好評をもって受け入れられたのは、類を見ない専門性の高さを持つことに加え、なにより訳者自身が――著者のピート・ウィタカーと同じく、第一線のトラッドクライマーであることが非常に大きかったと思います。本書刊行の出発点は、まぎれもなく中嶋渉さんの情熱でした。今回は重版記念に、訳者・中嶋さんに邦訳誕生のエピソードをうかがいました。

  

本書を翻訳しようと考えた一番の動機は何ですか。

この素晴らしい著作を日本のクライマーにも広めたいと思った……というのは建前で、僕がピートのファンだということが一番です。彼は僕と同世代で、高校生だったころに彼がグリットストーンでE9のルートを初登する映像を観て衝撃を受けました。いまだにクライミングの映像作品としてはオールタイムベストのひとつです。

当時から彼のクライミングに対する姿勢や趣向は、同世代のなかで異彩を放っていたと思うし、その後、ワイドボーイズとして世界に名を轟かせてからも、彼のクライミングはずっと僕の憧れでした。名実ともに世界一のクラッククライマーになった彼が、その知識を詰め込んだ本を書いた、となると、ファンとして読んでみない手はないですよね。

それともうひとつ、学生のころに英語を専攻していて、映画なり本なり、翻訳そのものに興味があったのも大きかったです。自分が読んでみたくて仕方なかった本を、翻訳することができたらもっと面白いだろう、と考えたのが出発点でした。

翻訳するうえで最も苦心した点はどんなことですか。

本の内容としては専門技術の解説なので、体の動きを正確に言葉で描写するのはもちろん難しかったです。でも、一番厄介だったのは随所に散りばめられたジョークでした(笑)。実際のところ、それは読む人に対するピートの心遣いだったわけで、そんな彼のこだわりを損なってはいけない、と思っていました。クライミングのテクニックの「ジャム」と食べ物の「ジャム」をかけたシャレとか、「面白いけど、どうやって訳すんだ?」ってなりましたね。

逆に、「訳者冥利に尽きる」と感じたことは?

この本を初めから終わりまで、くまなく熟読することができたことでしょうか。本の冒頭でピートは「この本は初めから順に読むのではなく、ガイドブックのように必要な部分だけ読むように」と書いていて、訳者としてもそれには大いに賛成です。書かれている内容が専門的で、情報量もものすごく多いので。

そのこととは矛盾するかもしれませんが、それだけではこの本を書いたピートの情熱を強く感じることはできなかっただろうと思います。感覚的で教わりにくかったクラッククライミングの技術を、読んでわかる言葉に落とし込むのは並大抵なことではないです。それに真っ向から挑んで書かれた彼の文章を、一言一句すべて味わい尽くせるのは、訳者の特権だったかもしれないなと。

本書と関わる前と後で、ピート・ウィタカーに対する印象は変わりましたか。

ワイドボーイズとしての活躍から、ユーモラスで人当たりがよさそうなイメージを持っていましたが、この本を読むと非常に理論的かつ几帳面で、自分のクライミングを深く分析している人だということがよくわかりました。ジムなどでクラックの技術を教えた経験もあるそうですが、本に書かれた情報量の多さからも、指導者としての彼の生真面目さが伝わってきますね。

実際メールのやりとりをしてみると、ユーモラスで人当たりがよい、というイメージのとおりのナイスガイでしたが。

同じく本書と濃密に関わったことで、自らのクライミングに影響したことや再発見などは?

自分のクラッククライミングの経験の浅さを痛感しました。もっとオールラウンドにクラックを登れるようになりたいですね。せっかくこれだけの膨大な知識に巡り合えたのだから、これを頭の中に置くだけで腐らせてしまうのはもったいないですし。

でも、この本と関わった時間によって自分が得たことの真価は、まだよくわかっていません。読んで翻訳するのにかけた以上の時間をかけて、これから確かめていくところです。

 
 
 
 
 
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It’s time to JAM!
『ピート・ウィタカーのクラッククライミング』
ピート・ウィタカー 著/中嶋 渉 訳

2020年に刊行されたクラックマスター、ピート・ウィタカーの技術大全の邦訳。汎用性の高い基本的なジャムからマニアックな秘技まで、クラック技術のすべてを網羅する。フィンガーからワイド全般まで、サイズごとに章立てされ、さらにはサイズやジャムに応じたテーピングやウェア選びのコツまで、ピートの知見がすべて詰め込まれた。挿入される数々のクライミング写真からも、その世界の魅力が伝わってくる。

3300円/オールカラー256ページ/B5判/2021年7月刊行

Pete Whittaker
1991年英国シェフィールド生まれ。トム・ランドールとWIDE BOYZを組み、2011年米ユタ州にある世界最難オフウィズス「センチュリークラック」(5.14b)を初登。ほか、高難度ワイドの初登・再登多数。

Wataru Nakajima
1991年長野県生まれ。信州大学大学院修了。ボルダリングからトラッドクライミングまで幅広く登る。ホームグラウンドの瑞牆山では、2013年弁天岩・二十億光年の孤独(5.13b R)初登、2021年同・Humble(5.14a R)初登など。

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