「これは私のレジスタンス」スカーフ騒動の選手は今
イランのエルナズ・レカビ選手インタビュー

インタビュー・文=和田 薫
写真=Vladek Zumr、Marco Dullnig

エルナズ・レカビ — 彼女の名前を覚えているだろうか。イランの女性スポーツクライミング選手で、惜しくも東京五輪の出場は逃したが、2021年のモスクワ・ワールド杯では、スピード、ボルダー、リード複合で3位に入賞し表彰台に上がっている。IFSCのウェブサイトによると2007年から活動を始めたベテラン選手でもある。

彼女の名が知られることになったのは、2022年10月に韓国で行われたアジア選手権でのこと。2022年10月に韓国で行われたアジア選手権で頭髪を覆わずに出場したという理由でイラン国内で騒動になり、帰国後失踪したため、政府に拘束されたのではという海外メディアの報道もあった。

イランでは同年9月にスカーフを適切に着用していないという理由で当時22歳の女性が逮捕され、その後死亡した事件を受け、スカーフ着用をめぐるデモが全国的に行われている最中での出来事で、国内外では彼女に対する賞賛と誹謗中傷が巻き起こる事態となった(その後、不注意でスカーフが落ちたと本人がSNSでコメント)。

イランは、長く続く欧米からの経済制裁による通貨暴落やインフレなどで国民生活は疲弊しており、国民の不満を抑えようとする政府の締め付けも厳しくなる一方で、内政・外交共に混乱が続く。一方で、ダマヴァンド(5,671m)をはじめ、4000m峰が147を擁する同国では登山を楽しむ人も多く、若者を中心にスポーツクライミングも盛んという一面もある。パリ五輪ではレザ・アリプール選手が男子スピードクライミングで決勝に進出し、自己記録を更新して4位に入賞した。

レカビ選手は騒動の1年後に国際試合に戻ってきた。今年35歳になった彼女に、インタビューをする機会を得た。

クライミングは、いつ頃から、どんなきっかけで始めたのですか?

始めたのは12歳の頃。兄がやっていたのをみて、自分もやってみたいと思いました。兄もクライミングのチャンピオンになったことがあるんです。

国際試合には15歳くらいから出場するようになりました。他の国の選手は皆コーチがついている中、私はいつも一人で遠征に出ていました。

スポーツクライミングは、メンタルの部分が大きくパフォーマンスに影響します。サポートしてくれる人が、たとえコーチでなくても、友達でなくてもいいから励ましてくれるだけでもいいから側にいてくれれば、といつも思っていました。

今は現役選手としてだけでなく、コーチとしても活躍していますね。60人くらいに教えているそうですが。

コーチを始めたのは15年くらい前のことです。私には継続的なスポンサーがいないので自分で収入を得なければならず、コーチがいい職業になると思いました。先ほども申し上げたように競技を始めて以降、私にはずっとコーチがいませんでしたから、コーチの存在の重要性は他の誰よりも理解しているつもりです。

率直に言って、私はコーチとしてうまくやっていると思います。アジアのユース大会で優勝する選手(2019年ナーラ・ラメザニ選手)が出てくるなど、若い世代も育ってきました。ただ、競技選手とコーチ業を両立するのは本当に大変です。両立しているのは世界でも私くらいだと思います。

大変失礼ですが、35歳という年齢は、若い世代の選手が活躍するスポーツクライミングでは、決して若くないし有利とは言えません。コーチ業との両立も大変な中、なぜ現役選手を続けているのでしょう?

イラン人として、参加できる国際試合の数も限られていました(注・イランの選手はスポンサーなど経済的な問題に加え、ビザの取得等、他の選手よりも国際試合に出るハードルが高い)。私は選手としての活動歴は長いですが、国際試合には1年に1つか2つくらいしか出場できていないので、トータルの数は多くありません。
今でも出場する度に学ぶことがあるし、出場するたびに、私にとって今でも新しいドアを開けるような意味があります。そして、私が学んだことや得た経験を、コーチをしている選手達にも伝えていきたい。これは私のレジスタンス(抵抗)なんです。 

日本の選手のことはどうみていますか?

コーチとして参考になるから、いろんな選手のムーブをインスタグラム等でチェックしています。日本の選手は、全体的に、技術的な部分ですごく強いと思います。いいクライミングジムもたくさんあるでしょうし、ムーブもよく研究されていて知識も豊富だなと感じます。イランの選手も精神的にタフだけれど、技術がまだ追いついていないので、日本の選手からもっと学びたいという気持ちがあります。 

コーチとしての優れた実績があるから、他国からのスカウトの話もあるであろう。国を出て活動するつもりはないのかと尋ねたところ、「自分の国のために、特に女性のために何かをすることが今の私の夢」とレカビ選手はゆっくりと、そしてはっきりと答えてくれた。今後の彼女の、そしてイランの選手の活躍に注目したい。

(インタビューは2024年7月21日、フランスのシャモニで行った。)

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