<スペシャルインタビュー> マムート・プロチームアスリート ヤコブ・シューベルト選手 前編

 4月21~23日に開催された「IFSCボルダーワールドカップ2023八王子」のため来日したヤコブ・シューベルト選手。コンペで20年ものキャリアをもち、リード・ワールドカップでは年間王者の座を数度にわたり獲得してきた。一昨年の東京2020オリンピックでは初開催となったクライミング競技で見事、銅メダルを手中に収め、今も第一線で活躍するオーストリアのベテランに、同じコンペティターである高田知尭選手が話を聞いた(2023年4月24日 東京都内にて収録)

インタビュー・文=高田知尭

印象に残っているコンペを教えてください。

私にとってはやはり東京オリンピックでの銅メダルがいちばん印象的かな。

オリンピックには20人程度の選手しかいなかったから、とても強いのに、出場していない選手もいたんだ。

実際はその前に出場してきたいくつかの世界選手権のほうが強い選手が多く出ていたし、その中で一番になるというのは(オリンピックより)より難しくはあったんだけど、でも、オリンピックは最もシリアスだった。

あの瞬間は世界選手権よりも、誰もがもっと強く勝ちたいと思っていたし、それに対してアダム(・オンドラ)やトモア(楢崎智亜)や自分はとてもプレッシャーを感じていた。だからこそメダルを獲れたことを誇りに思うよ。

いちばん印象的なルートはなんでしたか?

最も難しかったルートはマルガレフのパーフェクトムンドーだけど、もっと上を狙えると思う、近いうちにね。

すでにいくつかのプロジェクトに着手していて、もう少しだと感じているよ。たとえば、一つはフラタンガーにあって、この5月のうちにでも再び訪れたいと思っているよ。今年のソルトレイクのワールドカップはスキップするから、そこで時間があるし、そのときに行って終わらせたいな。あと、ヴェルドン渓谷のDNAもトライしたいね。どちらもパーフェクトムンドーより少し難しいかな。

グレードというよりは、こういう難しいルートは私をより試してくるから、もっと振り絞ることができて興奮するね。

まあ、フラタンガーの方はアダムがすでにトライを始めているから、自分が初登できるかはあやしいけどね(笑)。

ボルダーについては(リードについてより)少し難しい質問だね。

今まで触ったのは2日以内に終わらせることができるくらいの難しさまでなんだ。最高グレードもまだ8cくらいだから、とても難しい課題をまだ登ったことがないんだ。

でも、8b+は3つフラッシュしていて(それから考えると、自身のオンサイトの)最高グレードには満足していないから、それを更新したいし、もっとたくさんの課題を触ればもっと難しいグレードも登れると思っているよ。

今まさに、もう少し時間のかかりそうなアルフィンという課題を触り始めたところで、今年の秋くらい、涼しくなった頃に登りたいね。

長い間トップレベルを維持している秘訣はなんですか?

一つはラッキーなことに、大きいケガをしてないこと。これはほんとにラッキーだね(笑)。

そして、自分の体の声を聞くこと。歳を取るにつれて、健康でいるために体の状態を理解することの重要性が増すからね。

でも、いちばん重要なのはクライミングをすごく愛していること。毎日このコミュニティの友人たちとモチベーションをもって、とても楽しんでトレーニングを続けられているからね。

トレーニングとストレッチなどの比率は昔と比べて変わりましたか?

20年もクライミングやってるから、いい状態に持っていくために何をしなければいけないかはわかるようになったけど、年齢を重ねて体が硬くなってきているので、ストレッチとかも増えたよ。すごく高い位置に足を上げたり、背中のやわらかさが重要だったりと、ワールドカップのセットスタイルもかなり変わってきているから、それに合わせるように努力しているね。

コンペ中はどんな調整をしてるんですか?

コンペによるけど、たとえば今まででいちばんしんどかったのは2019年の八王子(世界選手権)かな。

スピードやってリードやってボルダーやって、1日休んでコンバインドやって…。ボルダーとリードとコンバインドはファイナルもあったし盛りだくさんだったからね。

そんな時にフィジオ(チームトレーナー)のサポートはとても重要だったね。

特にボルダーの新しいスタイルのセットはとんでもない体勢になるよね。

翌日ものすごく筋肉痛になるから、ストレッチをはじめ、なるべく早く回復できるようにいろいろやったよ。

オリンピックの時は栄養士も帯同してくれていて、飲み物に電解質だとか炭水化物だとかプロテインだとかを混ぜて(体の)状態を最適なものにしようと、まわりのスタッフみんなで、私がよりプロフェッショナルでいられるように努力してくれたから特別だったね。

韓国戦(4月28~30日に開催)までのこの数日間はどう過ごしますか?

日本でのトレーニングはリラックスした状態でとてもいい感じだよ。チームメイトといろんなジムに行って登っている。それまでの期間は、強くなろうというよりはメンタル面でよりよい感覚で向かえるように過ごしてるかな。

岩場に行くシーズンは決めているんですか?

普段からできる限り岩場にも行くようにしているし、新しいモチベーションを得るために隙間を縫うように岩場に足を運ぶこともあるね。

昨年の12月から八王子大会に向けてボルダーの状態をよりよくするために(ジムで)準備をしてきたけど、1~2週間のうち数日はティチーノに行っていたよ。

でも、今から世界選手権まではトレーニングに専念しないといけないから、岩場にたくさん足を運ぶのは少し難しいかもしれないね。

ソルトレイクシティをスキップしたら、その2週間くらいでフラタンガーに行けるとうれしいな。その後、戻ってきたらトレーニングに集中するかな。

直近の大きな目標は世界選手権でコンバインドの3位以内に入ることなんだけど、そしたら岩場に行ってプロジェクトに集中できるからね。3位以内って厳しいから運も必要だよね(笑)。

コンペをスキップするのは気になりませんか?

どちらも同じくらい楽しいから、どちらかを止めることはできないかな。

コンペに出ていても、今ノルウェーにいてあのルートをやっていたらなあと思うこともあるし、でもそれと同時にコンペに出ていることを後悔はしないしね。チームメイトと一緒にコンペを回ることの楽しさも知ってるからね。

(岩に行くためにコンペをスキップする)理由はいろいろあるけど、やはり岩が楽しいからかな。インスブルックはいろんな岩場に近いからアクセスしやすいしね。

ハードなクライミングは自分の限界の近くにあるから、それはとてもワクワクする楽しい挑戦だと感じているよ。世界最難の一本を登ることができたら、それはコンペで勝つことよりも大きな達成感がある成功だからね。

もし誰かが成功体験のためにコンペに出ているなら、そしてそれを岩場では感じることができないと思っているのなら、それは間違いだと思う。岩場で感じるもののほうが大きいかもしれないよ。

そして、たくさんのコンペに出てきたから。楽しいけど、もう何度も出てきたからね。

たとえば世界選手権やオリンピックといった、大きな目標に向かって気持ちを高めることは簡単だけど、時どき一つのワールドカップとかに気持ちを込めるより、まだ味わったことのない(ルートに挑戦するという)経験を選びたくなるときもあるんだよ。

私はとても野心的な人間で、自分のゴールは史上最高のクライマーになることだから。このゴールに対して“リードワールドカップで勝つこと”や“ボルダーワールドカップで勝つこと”だけでは十分ではないんだ。これらと同時に、最難のリードも最難のボルダーも登れていないといけないし、その要素のうちできる限り多くをコンプリートしないといけないからね。

そして、岩場に行くとたくさんのことが学べる。クライマーとしてより上達するためにもそれは重要なことだと思っているよ。

オガタ(緒方良行)やトモアも、もっと岩場に行けばきっと学ぶことがたくさんあるだろうね。たとえば、彼らは50メートルの9bルートをとても辛く感じると思う。なぜなら、そういう経験がまだ彼らにはないから。それは学びになるし、とても挑戦的なことなのに、彼らがあまりそういうことに挑戦しないのは少し不思議に思えるかな。

たとえば、私は2011年に7回優勝してリードオーバーオールを取った時にも、翌年はボルダーをやりたいと思っていたし、その次はどっちも、その次は外のハードルート、そしてハードボルダーと野心をもってやってきたからね。

▶︎後編へ続く

ヤコブ・シューベルト/JAKOB SCHUBERT

1990年、オーストリア・インスブルック出身
2011年、2014年、リードワールドカップ優勝
2011年、2012年、2013年、総合ワールドカップ優勝
2012年、リード種目ワールドチャンピオン・パリ大会
2018年、ワールドカップリード種目総合優勝
2018年、リード種目・コンバイン種目ワールドチャンピオン・インスブルック大会
2005年よりマムート・スポーツ・グループがサポート

同一カテゴリの最新ニュース