スポーツクライミング、トップアスリートの思考。森 秋彩さんの「強さの秘密」 ~『山と溪谷』4月号スペシャル・インタビューより

月刊誌『山と溪谷』4月号では、登山界のさまざまなジャンルで活躍する若者たちのインタビューを企画。東京オリンピックで新種目となり、2024年のパリ五輪でもいっそうの盛り上がりが期待されるスポーツクライミングからは、若手最右翼の森秋彩さんが登場! クライミングネットでは、紙幅の関係で割愛された部分を含めて全文公開する。

スポーツクライミングのコンペシーンにおいて10代前半から数々の実績を残し、現在、弱冠18歳にしてこの世界を席巻する活躍を見せる森秋彩さん。一心でひたむき、ときに神がかった登りで、子どもから大人まで多くのファンを魅了する天才少女に、普段の生活や練習・大会での取り組み、今後の目標についてうかがった。

取材・文=佐川史佳、写真=下林彩子

一日のルーティン

――クライミングを始めた年齢ときっかけを教えてください。
始めたのは6歳です。近所のショッピングモールのなかで、たまたま(ジムを)見つけて、お父さんと始めました。

――いきなりハマったという感じですか。
もともと木登りとかジャングルジムが好きで。登ってケガしたり落っこちたりして怒られたけど、ジムならマットもあるし、自由に登れて、達成感もあるし……。それで、自分に合っているなと思いました。

――ケガというのは?
小3の頃、桜の木の枝が折れて落ちました。あごを打って歯が欠けて。しばらくあごが動かせない時期がありました。

――登る日の一日を教えてください。
週4日くらい登ります。朝は7時くらいに起きて、学校のある日は午前中、学校へ行って、午後から夕方5時~6時くらいまで練習します。登った後は……料理をするのが好きなので、買い物をしたり献立を考えたり。お母さんと夕食を作って、みんなで食べます。その後お風呂に入ってストレッチして、一日の“振り返り”をして……読書したりして、寝ます。

――(今春卒業しましたが)高校生活とはどのように両立したのですか。
高校は単位制だったので、自分で(授業のスケジュールを)組み立てる感じでした。午後に練習する予定があったら早めに学校に行って、登らない日は一日中、学校にいることもありました。平日に行けなかったぶんは土日に調整したり。

―― 休日も授業を受けられるんですか。
先生が常にいて、行ったら補習が受けられました。

――4月からは筑波大学に進むそうですね。
体育専門学群はスポーツバイオメカニクスや心理学という、自分に生かすことができる勉強ができることと、自宅から近くて練習環境を変えなくて済むのがいいと思って決めました。

――ところで、料理はどんなものを作りますか。得意料理は?
同じ料理はほとんど作らなくて、毎回違うものを……。もともと整理整頓が好きだから、残った料理や食材をリメイクして使い切るのが好きです。例えば、残ったすき焼きは、マッシュしたジャガイモと混ぜてコロッケにしたりとか。昔から工作や何かを組み立てていくことが大好きだったから、料理も好きになりました。

――ちなみに好きな食べ物は?
和食です。海外(ワールドカップ)にもお米を持っていったりします。あとは、お餅とか……。シンプルな食べ物が好きです。

――食事制限などはしていますか。
いえ、特にしていません。逆に小食だから、栄養士の方にアバイスをもらって、それを踏まえて献立を考えたりしています。

――読書はどんな本を?
ジャンルとしてはドキュメンタリーが好きです。その人が生きてきて学んだことや経験したことが一冊で読めるってすごいなあって。それと、寝る前に本を読むと、眠りの質がいい気がします。(スマホの)画面とかを見ていると、眠りにつきづらい気がして。

今春、大学に進学し、クライミングと学問の両立をめざす森さん

自分の限界に挑戦するのがすごく楽しい

――1日の終わりに“振り返り”をするとのことですが、それはその日のクライミングを見直すのですか。
クライミングのことだけでなくて、学校や生活のことも含めてです。前はクライミングの練習日記をつけていたけど、性格的に前回の自分を超えられないと落ち込んじゃったり、前の練習メニューより低い負荷だとすごい後悔しちゃったりして、メンタル的によくなかったからやめました。いまは一日を振り返って、生活やクライミングのなかで、何か一つでもできたことを見つけて日記に書くようにしています。

――クライミング以外のことも書くんですね。
「苦手な数学も今日は理解できた」とか「話すのは苦手だけど、先生に質問ができた」といった些細なことです。「ネガティブなところがあるから、いいところを見つけていったらよくなるかもしれない」ってアドバイスをもらって、それを克服しようと思って始めました。

――目標なども書くのですか。
完璧主義なところがあって、文字にして見えてしまうと「まだ足りない。まだできるはず」ってどんどん自分を追い込んでしまうので。そうすると精神的にきつくなるから、あえて目標は心のなかに留めておきます。

――練習時間は思っていたより短いですね。
平日3~4時間で、土日は5~6時間です。前はもっと長くやっていたけど、学校との両立もあるし、長くやるよりも短時間で集中してやったほうが自分には合っているなと気づいて。だんだん短い時間でも充実した練習ができるようになりました。

――もっと長時間練習したいと思うこともありますか。
つらくてキツい練習で自分を追い込まないと納得がいかないから、試合前はやりすぎてコーチに注意されることも以前はありました。やりすぎるとケガにつながるし、(強くなるためでなく)自分の心を落ち着かせるため、不安を解消するために追い込んじゃってるなと感じるときがあったので、いまは100%力が出せるうちだけ練習して、疲れたら帰るようにしました。

――「努力の天才」と評されることがありますが。
努力しているっていうふうには思ってなくて、ただ登ることが大好きでたくさん登りたいのと……やさしいのをたくさんやるより、キツいのをやって自分の限界に挑戦するっていうのがすごく楽しいなって思うから。つらい練習にひたすら耐えて努力しているというよりは、それを楽しんでいるという気持ちが強いです。

――森さんの登りを見ていると疲れ知らずで、どこまでも登り続けられそうに見えるんですが、前腕はパンプしますか。
大会のときはすごく集中しているから……。完登した後に「パンプしているな」って気づくことが多いです。普段の練習のほうがパンプしています。

「自分を限界まで追い込む練習が、大会での自信につながります」と森さん

「完登するぞ」でなく「完登できる」

――以前のインタビュー記事で「かっこいいクライミングを」と発言されていましたが、具体的には?
自分は力がないから、それをカバーするために力を逃したりするスタイルなんですけど、それが気に入っていません。ヤンヤ(・ガーンブレット)とか野中(生萌)さんのようにパワフルに力でねじ伏せるような登りがかっこいいと思います。メンタルでも、見ている人の期待にこたえなきゃと考えすぎることがあるから、もっと楽しみながら実力を出せるようになったらいいなと思います。

――影響を受けた選手などはいますか。
野口(啓代)選手には普段からメンタル面を相談したり、練習を一緒にしてもらったこともあります。プレッシャーとか期待を背負って、何年もトップに立ち続けたのはすごいことだと思います。ヤンヤもオールマイティで、クライミングを心から楽しんでいるのが登りから伝わってくるから、二人とも尊敬しています。

――別の競技の選手から刺激を受けることは?
フィギュアスケートの羽生結弦選手は、去年12月、全日本選手権を見に行きました。堂々としたパフォーマンスを見て、どうやって心を整えているのかとか……本を読んだりもしてメンタル面の参考にしています。

――森さんは重要な大会の前や登る直前は緊張するのですか。
直前はします。コールゾーン(大会の登る直前に入る待機場所)では急に緊張してきて、ガチガチになったりします。でも、壁の前に立ったら自然と集中できて、試合のほうが力を出せている気がします。

――ルート中の核心部(難所)ではどういうことを考えているんですか。
歓声で「みんなここで落ちたんだな」とか「次の一手は重要だな」ってなんとなくわかるから、絶対に「止める」(核心のホールドをつかんで離さない)って考えています。それと自分はほかの選手と違うムーブをしたりするから、ミスをしないようにいったんレストして、上のセクションを冷静に確認します。そして毎回「完登できる」ってことを前提に考えています。

――「完登するぞ」でなく、「完登できる」って考えているんですか!?
練習ではもっと難しいのを登っているし、自分ならできるって考えています。

――それでも、次のムーブがリスキーだなっていうときには緊張しませんか。
一瞬はするけど、なるべく考えないように……いろいろ考える前に手を出すようにしています。

――ボルダーとリードでの気持ちの入れ方の違いは?
全然、違います。リードは一発勝負だし、ミスできないし。ボルダーはアテンプトを重ねると不利だから、最初から思いきりいくけど、リードは失敗したら終わりだから一手一手着実に。でも、核心でモゴモゴしないでパッといく判断力が必要だから、そこは全然気持ちの入れ方が違います。

この手で、つかんだホールドは離さない!

すべてがクライミングに結びついている

――大会といえば、2021年はワールドカップに出ませんでしたが。
まず大学進学のためにレポートを作成したりするのに忙しくて。入試の課題は「苦手克服のためのムーブ解析」というテーマで書いたんですけど、けっこう時間がかかりました。それと海外ではコロナ感染の危険性が高まるのと、帰国後の隔離期間のため、学校やジムに行くことができず生活が制限されます。もともと大会より普段の練習のほうが好きだし、大会に出ることで練習ができなくなるのは嫌だなって。

―――一方で、昨シーズンは岩場での成果がありましたね。
寒いのは苦手だけど、シーズン中のいいときだったら、もっと岩場に行きたいっていうのはあります。大会ではほかの選手を意識しちゃって楽しめなかったり、気持ちが張り詰めちゃったりするけど、外岩はそのリフレッシュにすごくよくて、たまに行くと「いいな」って。またがんばれる感じです。

――岩場での目標などは?
例えばスペインとか――海外の岩はかっこいいから登ってみたいです。長いルートのほうが自分に合っていて高難度も狙えると言われたので、5.15とか触ってみたいなって思います。

――クライミングが大好きな森さんですが、一日の中でクライミングのことを考える割合は?
……7割くらい? でも、残りの3割の、例えば料理の献立を考えることはパフォーマンスを上げるためだし、読書でアスリートの本を読んだりするのはメンタルを安定させる方法を知るためなので、結局、クライミングを中心に生活しています。やっていることすべてがクライミングに結びついていると思います。

――クライミングの一番の魅力や今後の目標を教えてください。
魅力は、壁と自分。人と争うのでなくて、壁をどうやって攻略するかというところ。大きい目標としては「一生登り続ける」というのがあって、その通過点としてワールドカップやオリンピックがあります。コンペティターというより、クライミングを楽しむ通過点に大会がある感じです。

――最後に、今後、森さんのあとに続く人たちにメッセージを。
東京オリンピックを見て始めた人も多いと思うんですけど、最初からパリオリンピックとか大会をめざすとかだと、クライミング本来の楽しさを忘れちゃったりそれに気づかず、人と競うことばかりに目がいっちゃう気がします。クライミングは(競うのではなく)登ること自体を楽しむのが本来の姿だと思うから、それを忘れないでほしいです。

(取材日=2022年2月18日、ボルダリングジム・フライハイトにて)

※当記事は「山と溪谷」2022年4月号の記事を一部編集して掲載しています。
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