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ナサニエル・コールマン、米国最新V17(9A)について語る
Aaron Pardy, gripped.com
訳=羽鎌田学
2024年12月3日、ナサニエル・コールマンがNo One Mourns the Wicked(V17)の初登に成功した。米国コロラド州サンダー・リッジにあるこの課題は、ダニエル・ウッズが2013年11月に初登したDefying Gravity(V15)のロースタートである。このDefying Gravityは、あらゆるタイプのボルダー課題の中で、そのスタートムーブが最もハードであることをひとつの特徴とする非常にダイナミックな課題である。
それ自体がV14相当の難しさとされるDefying Gravityの最初のムーブは、ガラスのように磨かれたエッジへの、全身のコーディネーションによって体の振られをコントロールしなくてはならないランジとなっている。その磨かれたレールのように鈍く輝くエッジを捉える方法はいくつか発見されているが、難しさはどれも変わらない。そのひとつ上に左右に並ぶエッジに両手をそえた後には、再び遠いホールドへ右手を飛ばす、肩にくるデッドポイントが続く。クライマーは足を切り、そして体をサソリのように反らせてスイングに耐えなくてはならない。
2013年11月16日にダニエル・ウッズがDefying Gravityを初登した5日後の21日、今度は彼と一緒にトライしていたジミー・ウェッブが第2登。その後この課題はほぼ10年間再登されずにいたが、2023年11月中旬にはノア・ウィーラーとナサニエルが立て続けに第3登、第4登にそれぞれ成功した。
Defying Gravityのロースタートは長年のオープンプロジェクトであったが、実はDefying Gravityが登られる前からのオリジナルな構想ラインだったのである。ロースタートのパートのシーケンスも半端ではない。Defying Gravityのスタートポジションに入るまで、ナサニエルがこなした手数は9。その9ムーブは、フィンガリーかつかなりのボディテンションを必要とし、前腕を疲れさせ、パワーを消耗させるものだ。そして、そのロースタートの9手をこなした後に、ほぼ間違いなく世界で最も難しいシングルムーブが待っているのだ。
No One Mourns the Wickedは、ナサニエルにとって、このグレードの初登作品だ。数々のコンペでの実績(2021年東京オリンピックでの銀メダル獲得を含む)に加え、この元日に28歳の誕生日を迎えたばかりの彼は、ボルダーでは2020年にGrand Illusion(V16)を初登し、またリードでは同年にEmpath(5.14d/15a)を第4登するなど、米国最難課題&ルートのいくつかを登っている。No One Mourns the Wickedの初登について詳しく知るために、私たちは彼と直接コンタクトを取った。以下に、その時のやり取りを掲載する。
先日、ナサニエルがNo One Mourns the Wickedを完登するまでのプロセスと経験を描いた動画がメロウによって公開されたが、この動画は間違いなく、近年のボルダリング動画の中でも傑作の一本だ。年明け早々に、2025年度ボルダリング動画ベスト10の候補が姿を現したともいえるだろう。
動画の冒頭では、今まで公開されたクライミング動画の中でも群を抜く詳細さでラインが解説されている。そこでは、ナサニエル自身がDefying Gravityの核心についてムーブごとに説明し、彼がそれを登る姿に思わず目が釘付けになる。以下のインタビューを読む前に、メロウの動画を見ることをおすすめする。
ナサニエル・コールマンへのインタビュー
完登トライの際に、最初の核心のムーブに成功してから、次のランジの態勢に入った時、どんなことを考えていましたか?
以前その2度目のランジで失敗した後で、私は次のトライでそこにたどり着いた時のためにメンタル的な準備をしました。スタートから登り始めて最後の核心となるランジを決めるまでの感覚をイメージしようと努めたのです。それでも、最初のランジを再び成功させた時には、緊張してしまい、またけっこう疲れてもいました。ですから、最後の核心ムーブを決めることができるかどうか、まったく自信がありませんでした。
しかし、私はできる限りリラックスしようとし、パワーよりも正確さに集中すべきだということを自分自身に言い聞かせ、それまで何十回もやったように自然に動くように体に任せたのです。無事に残りのムーブをこなしている時に、「本当にスタートから登り出したんだっけ? 体の一部が何かに触れたのに、それに気づかなかったんじゃないの? これって、本当に起きてることなの?」と考えていたのを覚えています。課題を登り終えた瞬間、私は何度か喜びの声や叫び声を上げ、体中のエネルギーをすべて吐き出さなくてはなりませんでした。
動画の中で、核心となるスタートムーブができるようになるまで8日かかったが、そのムーブを本当に体得するのには13日かかったともおっしゃっています。No One Mourns the Wickedを完登するのには、全部で何日かかりましたか?
14日目(2023年の8日間も入れて)に、右腕を必要以上に強く引くことで体の振れを抑えるという方法に気づいてからは、そのムーブを(4、5回)続けて決めることができました。それでようやく体得できたと実感しました。その後、21日目にスタートから登り出して、その核心ムーブを決めることができ、22日目には完登しました。今シーズンのセッションは7週間半にわたるものでした。
こちらの理解が間違っていたら訂正していただきたいのですが、ロースタートはDefying GravityのスタートにV13を追加した課題と考えてよいのでしょうか? 動画では、ロースタートは右手が特に難しいとおっしゃっています。Defying Gravityを登るのに十分なエネルギーやパワーを確保できた、ロースタートを解決できたキーとなる要因は何だとお考えですか?
そうですね、私は自分の登り方で最初のパートはV13ぐらいだと考えています。シーズンを通して終始ロースタートのパートを練習し、手順等に常に微調整を施しながら、より効率的な登り方を徐々に見つけていきました。私がいろいろ変えたところのほとんどは、一緒に登っていた人たちからもらったものなので、彼らには声を大にして感謝します。
たとえば、私は2カ所で足の踏み替えを避けようとしていましたが、後で、単に足を踏み替えるだけのほうが簡単で手っ取り早いことに気付きました。また左手のサイドプルでは、手の位置を指半分ほどずらしたら、次の右手のムーブをもう少しコントロールできるようになりました。また、最後の(Defying Gravityのスタートホールドを)左手で取るところでは、右腕をしっかり引いて脇を固めながら右足をヒールフックして、かつ反対の左足も確実に効かせておけば、よりよいポジションでDefying Gravityの核心のスタートムーブに入ることができ、次のムーブで両足をより効果的に使えることができるので、結果、実際に右腕の力をかなり節約できることもわかりました。
No One Mourns the Wickedから学んだ教訓のなかで、今後の大きなプロジェクトに役立つものはありますか?
一昨年(2023年)にDefying Gravityを再登する過程で学んだのと同じような教訓になりますが、今回のそれはスケールが大きいのです。難しい課題を落とすには、時間、粘り強さ、楽観主義、信念が必要です。トライ1日目とトライ20日目の違いがこれほどまでに大きいとわかった今、今後、新たなプロジェクトに挑戦する際に失敗にうまく対処できるようになったと思います。
No One Mourns the Wickedを登るために、何か特別なトレーニングをされましたか?
いいえ。2023年の時と同じように、そこそこの調子で課題に取り付き、トライの過程でかなり力がついていったというところでしょうか。
なぜこのラインにDefying Gravity Lowではなく、No One Mourns the Wickedという名前を付けられたのですか?
Defying Gravity(重力に逆らって[自由を求めて])という名前が気に入っていたので、最初はそれを使った名前にしようと考えていました。Defying Gravityという言葉は、私にたくさんのオーラを与えてくれるのです。別の名前にするとダニエルが付けたその名前を上書きしてしまい、それが消えてしまうような気がしていたのです。たくさんの友達にそのことを話しましたが、彼らはその考えに首を横に振っていました。
また、ダニエルと話しているうちに、課題に対する私の認識が変わり、シット(ロースタート)の課題は既存のDefying Gravityに何かを新たに追加したものではなく、そのボルダーに引かれた一本の完璧なラインとして感じ始めたのです。ですから、最終的には、シット課題にはそれ独自の名前が相応しいと考え、もちろんテーマ性(※)を保ちながら、私自身の色を出しても大丈夫だと考えたのです。
(※編集者注:Defying GravityとNo One Mourns the Wickedは共にブロードウェイミュージカル「ウィキッド」の中で使われている曲名である)