ドキュメンタリー映画『アルピニスト』ニック・ローゼン監督インタビュー

文 = 石鍋礼
CLIMBING-net編集部

いよいよ来月7月8日(金)から公開が始まるドキュメンタリー映画『アルピニスト』。劇場公開に先駆け、本作品の共同監督を務めたニック・ローゼン監督にお話をお伺いしました。

まず最初に、他にも優れた名声をもつクライマーがいるなかで、今回マーク・アンドレ・ルクレールを撮影の対象として選んだ理由を教えてください。

ピーター(・モーティマー/共同監督)と私は長年にわたって世界中のトップクライマーたちと一緒に仕事をしてきましたが、ソロ・アルピニズムという、非常に珍しく、困難かつ危険、そして高度な技術を要するジャンルの最先端に挑戦しながらも、世の中の人々に全く知られていないクライマーがいるということを知ったとき、これはなんて魅力的なストーリーなんだろうと私たちは即座に心を奪われました。

マークは新たな歴史を作りあげるような凄いクライマーだったにも関わらず、無名だったんです。一体この男は何者なのか？何故、誰も彼のことを知らないんだろう？きっと何か面白いことがあるに違いない！と確信しましたね。

映画『アルピニスト』の撮影を進める中で、特に大事にしていたことや気をつけていたことはありますか？

明白なことではありますが、ソロ・クライミングの撮影では、まず第一に安全性に細心の注意を払わなければなりません。私たちは、この分野における世界屈指のシネマトグラファー等の撮影スタッフと厳密な作業を行っています。彼らは、最高のアルピニストであり、クライマーでもある、非常にアーティスティックなカメラマンたちです。芸術的なカメラワークと、クライミングにおいて高い技術レベルを備えた人は世界中でもほんの一握りで、おそらく、5、6人。その殆どの人達と共に仕事をすることができたことは、本当にラッキーなことでした。

それから、私たちは（ドキュメンタリー映画として、）オーセンティック（＝真実に忠実）なストーリーを伝えることに専念しました。マーク・アンドレが許してくれる限り、驚くべき偉業に挑戦する彼の後をついていく、あるいはついていこうとしました。彼は、単に山頂に到達するのではなく、精神的なヴィジョンや美学があり、私たちはカメラを通してそれを捉えようと試みたのです。つまり、小さなひとりの人間が巨大な大自然の中で挑戦する美しさを表現することが、私たちのゴールでした。

フリーソロをおこなうクライマーにとって、クライミングはそのすべての瞬間を通じて「自らの生を実感する」ような行為なのではないかと思いますが、そういったフリーソロ・クライマーの映画を撮るということは監督にとってどのような経験でしたか？

当然のことですが、クライマーを撮影するカメラマン兼監督として、何かがうまくいかなければ最悪の事態につながるような危険と背中合わせの偉業に挑戦するどのクライマーに対しても、私はとてつもない信頼を置いています。山での撮影は確かに怖いですが、私たちはマークやカメラマンを心の底から信頼しました。ですから、例えば、何かマズいと感じたら、無理して撮影などはしませんでした（＝安全第一で撮影を進めました）。クライミング中のマークの心臓の鼓動は、私たちの鼓動よりゆっくりでしたが、それは彼が（自分のクライミングに）自信を持ち、リラックスしていたから。それが一番大事なことですからね。

映画でも描かれている通り、マークは心の底から純粋に自分のクラミングを追求したいと考えるクライマーで、必ずしも自分のクラミングを人に見せたいと思うクライマーではないと思うのですが、今回の撮影にあたってそのマークをどのようにして説得したのでしょうか。

当初、マークは最初は気が進まない様子で、撮影に関わることをためらっていました。彼はシャイな性格な上、撮影されることが苦手。そして何よりも彼は自分自身のクライミングに忙しく、なかなか撮影用のスケジュールが取れなかったんです。でも、私たちが「君は次の世代の人たちにインスピレーションを与えることができる」とマークに話したところ、最終的に彼は自分自身でもそのことを理解したのだと思います。

クライミングに情熱を注いでいた彼は、危険とまではいかなくても、純粋に何かをやり遂げることに意味を持たせ、他の人々や次世代のクライマーをインスパイアしたいと望んでいたと思います。映画の中では話してはいませんが、実はマーク自身、10年前に私たちが製作したアレックス・オノルドやウエリ・シュテック等のソロ・クライマーの映像を14歳の時に見て、インスピレーションを受けていたのです。よって、彼にも(次世代のクライマーにインスピレーションを与えるという)果たすべき役割があったのです。

映画の中のマーク・アンドレは常ににこやかで落ち着いていて、リラックスしている雰囲気ですが、マーク・アンドレが誰かに面と向かって苛立ちをあらわにしたり、怒りをぶちまけるようなことはなかったのでしょうか。特にトーレエガーの挑戦の前などは、神経質になって、誰かに感情をぶつけるようなことはなかったのでしょうか。

マークが苛立ちを見せたり、怒ったり、神経質になるような姿は一度も目にしたことはないですね。誰に対しても、何に対してもでもです。

唯一例外があるとすれば、、、大統領選挙期間中にドナルド・トランプのことで怒っていたことがあると聞いたことはあります。それ以外では、家族、友人、他のクライマーの誰に対しても怒ったり、いらいらしている姿は全く見ませんでしたね。

不確定要素の高い山岳地帯でのミックスクライミングのフリーソロをテーマにするのは、撮影チームにとっても大きな冒険だったと思いますが、人気の高いスポーツクライミングでなく、あえてアルパインクライミングに光をあてた背景にはどのような動機があったのでしょうか。

実のところ、私たちは(アルパインクライミングを含む)あらゆるクライミングに関する映像制作をこれまでに手掛けてきました。例えば私たちのスタッフは先日フランス人クライマーのセブ・ブワンがフランスのヴェルドン渓谷でおそらく史上最難関のクライミングに挑戦した撮影を終えて帰国したばかりです。また、クリス・シャーマ、アダム・オンドラからオリンピック金メダルに輝いたヤーニャ・ガーンブレットをはじめとした、世界最高のスポーツ・クライマーたちの映像作品も製作しました。そしてアイスクライミング、アルパインクライミングやジムクライミングの作品も制作しています。Reel RockとSender Filmsは、クライミングというジャンル全体に全力を投下しているのです。

「Reel Rock」等他の作品を見ていると、どちらかというとアメリカやヨーロッパなど欧米のクライマーが取り上げられることが多いと思うのですが、欧米のクライマー以外で興味を持っているクライマーや今後、撮影したいと思っているクライマーはいますか？

はい、ご指摘の通り、私自身も欧米以外のクライマーをまだ十分に取り上げることができていないと感じています。そして、詳細はまだ話せないのですが、とある日本人クライマーを撮影するプロジェクトが現在進行中です。実は数年前、私たちは(『Reel Rock 8』で)平山ユージさんと日本人クライマー数人をフィーチャーした『The Sensei』という映像作品を製作しました。

正直な気持ちとしては、今後、素晴らしいクライマーをアジアを含む世界中からもっと探してみたいと考えています。日本には世界屈指の素晴らしい、クライミング・カルチャーがあります。日本におけるクライミング界の凄さは、コンペティションにおける情熱とコミットメントにも表れています。米国を含む他の国ではそこまでのアツさを見たことがありません。アメリカでも、日本には世界屈指のクライマーがいることは知られています。何か良いストーリーがあれば、是非教えてください。実は昨秋に日本人クライマーを撮影する予定でしたが、パンデミックで中止になりました。詳細はまだ話せないのですが、この作品が仕上がることを願っています。

インタビューを終えて

わずか20数分の合同インタビューでしたが、ご本人もコロラド在住のクライマーであるニック・ローゼン監督は、非常にフレンドリーで話しやすい方でした。またインタビューを通じて、クライミングを誇張したり脚色することなく、クライマーの純粋な姿を撮影し、伝えていきたいという真摯な姿勢が伝わってきました。

ドキュメンタリー映画『アルピニスト』は、いよいよ来月7月8日(金)から全国の映画館で公開されます。ぜひ映画館の大画面でお楽しみください！

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ご購入は本作品公式ホームページ(https://alpinist-movie.com/)もしくは
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＜作品情報＞
タイトル：『アルピニスト』　（原題：『THE ALPINIST』）
出演：マーク・アンドレ・ルクレール、ブレット・ハリントン、アレックス・オノルド（『フリーソロ』）　ほか
監督：ピーター・モーティマー、ニック・ローゼン
制作：レッドブルメディアハウス
配給会社：パルコ　ユニバーサル映画

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