セルフケアの羅針盤 Vol.5 人体の脆弱な部分「腰」のこと

根本国彰=文 町田早季=イラスト

クライミングにおいて、ジムでボルダリング中に腰を痛めたとか、ムーブを起こそうとしたら腰を痛めたというような、クライミングの最中に起こした急性の腰痛で治療院に来る方はあまりいない。

もちろんクライマーのなかにも腰痛で治療院に来る方がいるので、その原因を探ると、日常的な姿勢であったり、職業柄であったりすることが多い。いわゆる慢性腰痛、症状名でいえば腰痛症に該当するものだ。

少し前までは、腰が痛ければ鎮痛剤を飲んで安静にしているのが普通であったが、今は運動療法が常識となっていて、慢性的に痛みを抱える悪循環を断つには運動が必要とされている。

では、クライミングも運動だから腰にいいのではとの考えになるが、アプローチで1時間近く歩いていくような岩場でのクライミングなら運動療法として充分であろうが、会社帰りのジムで特定の課題に打ち込むようなクライミングだけでは不十分との言及に、ここではとどめておきたい。

今回は「腰痛」を、慢性的な腰痛、運動療法といった視点から取り上げてみたい。

急性的な腰痛、たとえば「ボルダリング中に落ちた先に岩があって腰をぶつけた」とか「ハングドッグ中にセルフを取ったままムーブを探って落ちた」とか「ジムでしゃがんだ先にゴミ箱が置いてあったのに気づかず、角にお尻をぶつけた」といった症例もあるが、これらの外傷は今回は除外する。

肝心要の腰  

腰痛を考えるには、腰部を中心とした体の構造を知っておく必要がある。体は、体幹と末端に大きく分けられる。体幹はすなわち胴体部分で、末端は四肢だ。体幹はさらに胸腔、腹腔、骨盤腔に分類される。

胸腔と腹腔との境にある横隔膜は、腹部は肋骨弓と胸骨に、背部は背骨の第1〜第3(もしくは第4)腰椎の腹側に固定されている。この横隔膜が固定される第1腰椎の高さには多くの重要な内臓器官があり、腎臓の腎門や、腹腔大動脈から分枝する腎大動脈、脾臓のほか、小腸の腸間膜も第1腰椎部に固定される。

さらにいうと、腎臓の自律神経は太陽神経叢からの分枝である。太陽神経叢も第1腰椎あたりに集まっている交感神経節のことで、ここから腹部臓器のすべてに自律神経を分布していく重要な部分である。

また、横隔膜には腹腔内臓器のうち最も大きくて重い肝臓がつり下がっている。前述の横隔膜も第1腰椎に固定されている。
このように、腰椎のいちばん上、第1腰椎は多くの臓器を支える肝腎要(かんじんかなめ)となっている。  

下のイラストを見ていただきたい。体幹の骨格筋の深層に位置し、内臓と接触する筋肉のイラストである。胸腔は、後ろは胸椎と肋骨、横と前は肋骨と内肋間筋で包まれている。

腹腔は、後ろは腰椎と腰方形筋と大腰筋、横と前は腹横筋とその上の腹直筋で包まれている。

骨盤腔内の臓器に関しては骨盤という骨格で守られる要素が大きくなってくるので筋肉の説明は割愛する。  

特に腹腔において、腹横筋や腹直筋の大きな役割は内臓を支えることである。この筋肉はヒトの特徴の一つで、立位時に内臓が重力によって下垂するのを防いでいる。

四足動物であれば、内臓は脊椎にぶら下げるだけで支えられるので腹筋を発達させる必要がないが、ヒトは二足歩行するようになったために、内臓が下垂しないようにする必要があった。

腹腔には肋骨がないため、腹直筋や腹横筋を発達させることで、骨格の代わりに腹腔内臓器を支えられるようになった。

腹筋は内臓のための筋肉であって、特定の関節を動かすためのものではないが、内臓を保護すると同時に腹圧が高まるのは直立姿勢を維持するのに重要なことでもある。腹直筋は胸骨・肋骨から恥骨までの長い筋肉で、筋腹は腱画によって4〜5個に区切られている。これは、長いままの筋肉では収縮するのにエネルギーを大量に消費してしまうし、臓器に効率よく力を集中させられないからだ。  

腹直筋はまた、ヘソを含む白線を境に左右に2本走っている。この「2本」であることは直立姿勢の維持に重要な意味がある。
たとえば山で、セルフタイマーで写真を撮ろうとしたときに三脚を持っていれば安定して撮れるが、一脚しか持っていないと不安定で難儀し、結局は棒などを拾ってきて三点支持で安定させるのと一緒で、腰椎1本だけで重量のある体幹を支えるのは不安定きわまりないが、ほかに2本の支えがあれば安定させることができる。それが2本の腹直筋だ。  

脊柱起立筋も背骨の左右にあるから2本の支えになるかと思うとそうではなく、脊柱起立筋は背骨に沿い過ぎているので、腰椎を支えるには不十分だ。

一方、腹直筋は背骨から離れた位置にあるので、つっかえ棒のように働いて直立姿勢を助けることができる。

もう一つ、直立姿勢を助けるのに重要なポイントとして、脊柱の生理的弯曲が正しく保たれていることがある。

脊柱のS字状カーブ

二足歩行は下半身に無理を生じさせる形で、特に膝関節に対する負荷が大きくなる。そこで膝への負担を軽減するために、ヒトは腰椎部を前弯し、膝にかかる体重を前後に分散するように脊柱を変えてきた。

もし背骨が直線であったら体重は直接腰にかかるが、S字状カーブによって上半身の重量は前後にはぐらかされ、骨盤にかかる重さは10分の1に減っている。もし背骨が真っすぐであったら、骨盤は今の2倍以上の大きさが必要といわれている。  

背中の脊柱起立筋は脊椎を後方に引くように作用しで後弯をつくっている。

特に腰椎の真ん中、第3腰椎に集中してつくため、イラストのT12(胸椎12番)〜腰椎5番の白抜き矢印の方向に作用し、直立姿勢をとると腰椎を後方へ引き出すように働いてしまう。

腰椎が後方へ引っぱられるのを拮抗して防いでいるのが大腰筋だ。大腰筋は腰椎1番〜4番に起始し、大腿骨の後方の小転子に停止する。正常に大腰筋が働くと腰椎は前に引かれるので、直立姿勢が正常に保たれる。

この背骨の生理的弯曲が正しく保たれていることは腰への負担を減少してくれる。そのためには大腰筋を丈夫にしておく必要があり、歩くことが最もよい。それも大腿を後ろに大きく引くようにして歩くと大腰筋がよく働くので、やや大股で歩くのがおすすめだ。

車社会やネット社会に象徴されるように、われわれはますます歩く機会を失いやすいので、腰に関する症状が今後増えてくることが予想される。積極的に歩くことで防いでいきたい。

腹筋を鍛える  

腰痛にならない丈夫な腰には、まず腹筋が必要だ。背筋は特別な筋トレをせずとも、直立姿勢や歩けば働いているので大丈夫。

前述のとおり、腹筋はヒトが二足歩行をするようになって発達してきたことを考えると、適切な筋トレは脚を持ち上げる運動になる。

本誌前号の「膝」の回でも紹介したような、あおむけの姿勢で膝を90度に曲げて足を床から浮かせ、膝の角度を保ちながら、膝が胸につくくらいまで上げたら、再び足が床につく手前まで下ろす方法がある。

脚を振り上げるような反動は使わずに、ゆっくり行なわなくては効果がないので注意。これを20回×3セット、2日おきに。翌日に疲れが残らないくらいに慣れてきたら回数を増やしていき、最終的に50回×3セットまでできるようにしたい。  

もう一つ、懸垂バーなどにぶら下がって脚を引き上げる方法がある。

これも膝が胸につくくらいまで上げるのを目標にするが、負荷が高いので無理せずに行なうことだ。膝は曲げたほうが、伸ばしてやるよりも負荷が低くなる。目安は、膝を曲げたバージョンで20回×3セット。これがクリアできたら回数を増やし、最終的に40回×3セットまでできるようになったら、膝を伸ばしたバージョンに移行していくといいだろう。

膝を伸ばしたバージョンでも20回×3セットから始め、最終的に40回×3セットをめざす。

大腰筋を鍛える  

大腰筋はウォーキングで鍛えるのが効率がいい。脚を後ろに引くほど腰椎は前に引き出され脊柱のカーブが整うので、蹴り足を強く歩くことがポイントだ。イメージとしては、元プロ野球選手のイチローがバッターボックスに向かうときの歩き方が理想的。感覚がつかめてきたら歩幅を広くしていくと、より効果がある。  

ランニングもいいが、走ることで加速する反動によって大腰筋がうまく動いていない人もいるため、その場合はランニングの途中途中にウォーキングを交ぜて、蹴り足の意識を高めるといいだろう。

時間にして、最低でも一日30分は行ないたい。連続時間でなくても、日常に歩けるチャンスを見つけたら短時間でも歩いて、トータル時間を稼ぐのも有効な手段だ。積極的に歩こう。

プランクで全身のコーディネーション  

個別の筋を鍛えたら、それが体全体の動きに生かされるように整える。そのためにプランクは、体幹と四肢を連動させるのにちょうどいい。

プランクには姿勢が大事だ。まずオーソドックスなバージョンは、腕立て伏せの姿勢で、足は肩幅に開き、肘から先を床につける。背中から脚までを真っすぐにし、この姿勢を30秒キープする。

その間、お尻が上がったり下がったりしないように意識することが重要。30秒が余裕でクリアできるようになったら時間を延ばしていき、まずは1分を目安にするといいだろう。最終的には3分間、姿勢を維持できるようにしたい。

よりハードなバージョンは、腕立て伏せの姿勢で足は閉じ、背中から脚まで真っすぐの姿勢になる。やはり30秒から始め、最終的に3分をめざす。この間、体軸がブレたり、お尻が上がったりしてはいけない。

どちらのバージョンも無理は禁物で、きちんとしたプランク姿勢をとるだけでも全身に効いているので、焦らずに時間を延ばしていってほしい。

※当連載は「ROCK&SNOW」087の記事内容を一部編集し、再掲載しています

 

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