セルフケアの羅針盤 Vol.1 痛めやすい指の部位とセルフケア

根本国彰=文 町田早季=イラスト

クライミングの性質上、指の荷重は避けて通ることはできない。痛くなることがなければそれに越したことはないが、自分の体重を支えるのは手指であり足指であることから、この4点への負荷の集中は避けられない。

膝や肩、背中などが使える場面もあるが、そんなケースはクライミングシーンのなかで1割もなく、それ以外の9割は手指、足指がホールドとの唯一の接点。この使用頻度の高いところはクライミングの生命線ともいえる。


そしてクライミングの症状は手指に集中しやすい。足指はクライミングシューズで守られていることもあってか損傷を受けることは少ない。また、手指の障害も10本の指で同時に起こることはまれで、大概はどれか一本の指が損傷されることから始まっている。

手指の障害は初期段階では症状も軽く、残りの指でカバーすることができてしまう。このことが異常に気づくことを鈍らせてしまい、損傷した手指を抱えたままクライミングを継続し、障害をさらに悪化させる要因となっている。

そして、痛みに耐えられなくなり、いや応なしに症状と向き合わなくてはならなくなったころには、回復させるのにそれまで積み重ねてきたクライミング時間の倍以上を要する状況になってしまっている。

そこで必要となってくるのはセルフケア。野球選手がバットとグローブを大切にするように、クライマーは手指のメンテナンスを日頃から心がけ、ベストなコンディションを保つことが必要だ。メンテナンスを行なうには手指の解剖についての知識が若干必要になってくるので、解剖イラストを示しておく。照らし合わせて読んでいただきたい。

イラストからわかるように、屈筋や長母指屈筋といった指の筋肉は肘や前腕から始まり、手掌までくると腱になる。筋肉の役割は主に骨に沿って関節をまたぐことによって関節動作を生むことであり、前腕の筋肉群によって、手指関節や手首の屈伸が生み出される。また筋の補助装置としてある腱鞘によって関節の屈曲は効率よくもたらされる。

ほかにも、腱鞘内には滑液鞘があったり、筋や腱が骨や軟骨や靭帯と接する部分には滑液包、動脈や静脈の血管系、リンパ管、神経といった組織が存在したりするが、イラストではそれら軟部組織を省き中間層の多関節筋を記している。

腱鞘炎 

クライマーの指の損傷で代表的なものは腱鞘の断裂で、部分的な損傷から完全断裂といったものまで障害に幅がある。

 

特にA2の負傷が多く見られ、これは近位指節間関節の90度近い屈曲がA2への負荷を最も大きくするためだ。頻繁に登っている場合、腱鞘へのダメージは蓄積されていることを覚えておく必要がある。今まで漠然とした違和感に対して何もケアをせずに放っておいて、痛みや腫脹が激しくなり、ペットボトルを持つこともパソコンのキーを叩くこともできなくなってからでは遅い。A2の腱鞘の完全断裂の場合は外見からもわかり、腱が関節から離れ、指を曲げると腱が弓の弦のように浮いて張って見える。完全断裂では外科的な手術が必要になる。

上の指のイラストと照らし合わせてみると、自分の指のどこが損傷を受けているのか、ある程度の予測がつくだろう。腱鞘なのか腱なのか、または靭帯か、骨なのか、それとも複合型なのか、精密な画像診断でも、正直なところ100%断定はできないのだが、ある程度予測することはそれほど難しいことではない。そして、レストを基本とした適切なケアによって、回復させることができる。レスト中は、どんな簡単なクライミングでも治癒の妨げになるので行なわず、治療に専念すべきだ。

賢明なクライマーほどケガに気づくのが早く、治療に専念するため治癒にかかる期間が短い。早ければ1カ月足らずでクライミングに復帰できる。「ケガをしたのは弱いからだ、登って強くなれば痛みはなくなる」とか「自分のケガは違う」と現実の症状から目をそらし、ケガの間も登ろうとするクライマーほど治癒の期間を遅らせ、悪化させている。

へバーデン結節

A2の損傷に続いて多いものに、遠位指節間関節の症状がある。これは、一般にはヘバーデン結節と呼ばれる中高年女性に多い疾患で、原因不明とされる変形性関節症。加齢とともに出現しやすく、病院でも湿布や痛み止めで症状を和らげる対処療法しかない厄介な症状とされている。

クライミングの場合も同様で、関節が変形するまで進んだ場合それを治すことは難しいが、原因はわかっている。関節が弱いまま過度のクライミングを続けたことによるものだ。

自分のできない課題にばかり打ち込むことや、グレードをひたすら追い求めるクライミングばかりしているクライマー(こうしたクライマーは、個人的には真っ当だと思う。しかし、ヒトの体としては間違いを犯していることが多い)も同様で、筋疲労による筋力の低下や柔軟性を損なっていて、結果的に関節を弱くしてしまっている。

太い指の節

また、A3の痛みを訴えるクライマーも多く見受けられる。近位指節間関節からつかめるホールドを一般的にガバホールドと呼んでいるかと思うが、A3はその際にホールドの角に当たって負荷がかかりやすい。

「指の節が太い」というとき、この近位指節間関節が太くなっていることが多いが、骨は負荷を掛け続けると肥大して丈夫になろうとする特徴があるので、足ブラになりやすいクライマーほど近位指節間関節に負荷をかける機会が多くなり、結果として節が太くなっているようだ。

こうした変形は、骨を丈夫にして関節を守ってくれるだけならいいのだが、現実はそうではなく、腱を圧迫し動きを悪くするばかりか、軟部組織の損傷をもたらすことのほうが多い。

手首の損傷

近年多くなったと感じるものに、手掌腱膜や手首の症状がある。「指が痛い」と訴えて来院したが手指には異常が見あたらず、手のひらや手首が損傷を受けていた、といったケースが増えてきた。 

この症状を訴えて来院する患者さんに、取り組んでいるクライミングの傾向を聞くと、ボルダリングジムでデッドもしくはランジなどのダイナミックなムーブを多用している。大きめのスローパーホールドを、手を叩きつける(気合いで止める)ように取りにいっている。ラップ持ちからの強引なムーブを繰り返した、という傾向があった。

クライミング歴の比較的浅いクライマーが多いことからも、フィジカル的な強化や、ムーブの幅を広げるといったスキル面の改善など、症状を防ぐ余地は充分にありそうだ。

セルフケア

いずれにしても、初期に出現する痛みを軽視せずに対処することが大切で、まずできるセルフケアとしては、痛めている部位へのアイシングがある。アイシングをする上で注意したいのは、やり方を間違えると症状をかえって悪化させてしまうおそれがあるという点だ。しかしアイシングは有効なケア方法なので、要点を押さえて活用していただきたい。

全体に行なう場合と違い、局所のアイシングに便利なのは保冷剤で、損傷部位に当てて患部をしっかり冷やしていく。このとき、時間は長くても10~15分を目安に(季節による)。それ以上は、かえって回復に支障をきたすおそれがある。アイシング後は安静にすること。

次に、アイシングの翌日に行なうこととして、ストレッチやマッサージで患部に関する軟部組織(筋肉、腱、靭帯)の血流をよくし、正常な状態を取り戻すようにしよう。こわばりが消えて正常な状態に近づくほど、関節動作がスムーズになっていく。アイシングを行なう期間は長くても1週間(症状によってはもっと短い)。それ以上だとかえって回復を遅らせる。

アイシングを行なう期間を過ぎてからは、ストレッチやマッサージなどを続けることで回復が促進される。症状が軽度であれば2~4週間でクライミングを再開できるだろう。しかし、レストをしなかった場合や、損傷の程度によっては、それ以上の回復期間を要することはクライミングではよくある。セルフケアで症状の改善が思わしくない場合や、自己診断に不安がある場合は専門の医療機関を受診することをおすすめする。

※当連載は「ROCK&SNOW」083の記事内容を一部編集し、再掲載しています

 

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