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安全か伝統か。ボルト問題に揺れるヨセミテ、ハーフドームから。「スネークダイク」ボルト打ち足し事件<前編>【『ROCK&SNOW』110号より】
文・写真提供=木織隆生
ヤンヤ・ガンブレットが、フランスはセユーズにあるBibliographie 9b+(5.15c)を登ったという歴史的ニュースが世界を駆け巡った同じ時期に、ヨセミテ国立公園の有名ルートであるスネークダイクにボルトが打ち足されたという、違う意味で衝撃的なニュースが飛び込んできました。既存ルート、しかも超有名なクラシックルートへボルトを打ち足すことについて、肯定派と否定派で今、熱い議論が再燃しています。
スネークダイクとは
お椀をひっくり返して縦に半分に割ったような特徴的な形で、クライマーに限らず多くの人が認識しているヨセミテ渓谷の象徴的な岩山「ハーフドーム」。半分に割ったお椀の断面にあたる北面は600m以上のスケールでスパッと切れ落ちており、傾斜の強いルートが20ピッチ以上続く、ビッグウォールクライミングの挑戦の場として有名です。
スネークダイクというルートはそのハーフドームの肩にあたる西面にあります。傾斜の強い北面とは対照的に、逆さのお椀の曲面部を登るような、ゆるやかなスラブが延々と頂上まで続きます。1965年にヨセミテレジェンドのJim Bridwellが仲間のChris FredericksとEric Beckと共にグラウンドアップで初登しました。

「スネークダイク」のあるハーフドーム西面 写真=pixels
このルートが超有名なクラシックルートである理由はいくつかあるのですが、まずはそのユニークな岩のラインです。ルート名にもなっている巨大なサーモンピンクのダイク(岩脈)が、広大なスラブをまるで蛇が天に向かって伸びていくように続いていて、それをマルチピッチで登っていきます。
2つめはグレードです。スネークダイクはルートスケールとしては約600mですが、実際ロープを結んで登るのは下部8ピッチ分の約300m。上部300mは歩けるほど傾斜が落ちています。最も難しいピッチでもグレードが5.7ということもあり、ビッグウォールで難度の高い北面とは違い、ハーフドーム頂上に抜けるグレード的に易しいフリークライミングルートとして人気のルートです。
そしてスネークダイクを最も有名にしている要素が「ランナウト」です。だいたい1ピッチの長さが30~40mなのですが、プロテクション用のボルトが1本とか2本しかありません。もちろん超絶なランナウトは5.4とか5.3とか易しいピッチなのですが、落ちたら20m以上墜落する可能性がある場所でのクライミングは、グレードは低くてもとても緊張感があります。墜落すると大ケガをする可能性があるため、ルートにはRグレードが付けられていますが、ヨセミテ渓谷のなかでもトップクラスのロケーションで登れるフリークライミングルートとして三つ星ルートにもなっており、長年世界中のクライマーが登ってきたクラシック中のクラシックルートです。

中間ボルトがほぼない!
なぜボルトの追加が議論になるのか
落ちたらただでは済まない可能性をもつスネークダイクですが、実際過去にそのランナウト部分で墜落し大ケガをするという事故が数件起きています。そしてそうした事故が起きるたびに、5.7という「初級レベル」のフリークライミングルートに、ここまで危険な要素をもたせていいのか? ナチュラルプロテクションが取れないスラブである以上、事故を防ぐためにもボルトを打ち足してもっと安全なルートにすべきではないか? という意見が出てくるのです。
一方で、ランナウトが内包する危険性も含めてスネークダイクであるのだから、ボルトを追加するとスネークダイクがスネークダイクでなくなる、安全のためにルートの本質を変えてしまうことは許されることではない。みんなのためにそこまでする必要はないと、ボルト打ち足しに反対する人も多くいます。
ヨセミテという場所は、ロッククライミングの聖地としてこれまで長い年月をかけてクライミングを発展させてきたわけですが、技術面やフィジカルな面だけでなく、精神性やスタイルといったメンタル的な要素も大切に育んできたバックグラウンドがあります。そのため、既存ルートへのボルト打ち足しのような、受け継いできたものを変えてしまうことに対する反対意見が特に強い傾向があります。これまでにも、ボルトを打つか打たないか、両者で激しい論争が繰り広げられてきましたが、結局初登からこの60年間、実際にボルトが1本も打ち足されることはありませんでした。
ところが今年6月、スネークダイクの1ピッチ目から3ピッチ目までに、合計16本ものボルトが打ち足されました。この行動に出たのは、『Yosemite Big Wall』他、いくつかのガイドブックも手がけているErik Sloanというヨセミテのベテランクライマーでした。彼は残るピッチもそのうちボルトを追加することをほのめかしています。
初登者の反応は
クライミング界では、古くなったルートのボルトを打ち替える際、できるだけ初登時と同じ位置で施工することが良しとされています。また変更を伴う場合は、初登者の意思を尊重すべきという考えがあります。通常、既存ルートに勝手にボルトを追加することはタブーとされるのですが、初登者の一人Eric Beckは以前起きた事故の際に、スネークダイクにはボルトを追加すべきだという考えを示していました。初登チームはグラウンドアップで開拓、持ち合わせていたボルト数も限られており、まだ見ぬ先のピッチでグレード的に難しい箇所が出てくるのではと考え、かなりボルトの打ち惜しみをしたようです。通常ピッチを切る終了点には最低2本ボルトを設置するのですが、初登時は1本しか打っていないし、傾斜の落ちる上のピッチでは、それすら打っていません。
そういう意味では整備未完の部分もあるし、初登チームとしては恐ろしいランナウトルートを作ることが目的であったわけではないので、再登するクライマーにはボルトを打ち足してほしいと意思表明していたそうです。そして翌年の1966年に第2登のパーティがボルトを打ち足したのですが、それは1本しか打っていなかった「終了点」のみに1本ずつ追加しただけで、ルート上のプロテクションには変更を加えませんでした。
それが今まで60年間続いてきたスネークダイクです。ルートの本質を変えなかった第2登のパーティの、クライマーとしての「センス」があったからこそ、スネークダイクがここまでのメガクラシックになったのだと思います。そういうことも考えると、ボルトを打つ行為の見方も少し変わるというものです。
今回Erik Sloanは、初登メンバーの意思を受けてのボルト追加ということになるのでしょうが、1~3ピッチですでに16本ものボルトを打ったことについて、ボルト追加を容認していた初登メンバーのEric Beckはさすがにその本数は打ち過ぎだと、今回のボルト打ち足しについて批判しており、打つ、打たない、打つなら適量、いや打つなら必要最低限と、論争は続いています。
ヨセミテは国立公園であるため、今回のボルトの追加設置が公園法的観点から問題はないのか、また上記のとおり、クライミングのスタイルや思想的な要素を大切と考える人たち、クライミングに冒険性を求めていないスポーツとしてのクライミング愛好家の人たち、さまざまな立場からの見方や考え方が入り交じっており、今後アメリカのクライミングコミュニティがどんな答えを出していくのか注視したいところです(執筆した2026年6月22日時点、追加で打たれた今回のボルトの何本かが何者かによって撤去されたとの情報も入ってきています。詳細は不明です)。
