セルフケアの羅針盤 Vol.2 ポイントを押さえて指の故障を予防する

根本国彰=文 町田早季=イラスト

クライマーには2種類いることが分かってきた。指を痛めているクライマーと、指を痛めていないクライマーだ。両者はきっちり二分されるわけではなく、8対2くらいの割合で指を痛めているほうが圧倒的に多い。

指を痛める原因として、クライミング頻度、取り組んでいる課題の性質、クライミング経験年数、スキル、体重などが考えられるが、どれも決定的な相関関係は見いだせない。週5で登っていて指を痛めている人もいれば、同じく週5で痛めていない人もいる。週1で登っていても痛めている人もいるし、体重は軽いのに痛めている人もいる。

ベテランクライマーのなかには、ひととおりのケガや故障の経験から自分の体のレッドゾーンを心得ていて、見合ったメンテナンス方法(レスト、アイシング、テーピング、定期的なケアなど)を施せて常に一定のパフォーマンスを維持できている人たちがいるが、そういったエキスパートは少数派で、ほとんどの人は痛みを我慢しながら登っているのだ。

そういった指の痛い大多数を尻目に「指は特に問題ないっす」という人たちがいる。この2割の指を痛めていないクライマーは何が違うのか。指を痛めずにクライミングを続けられている理由を探ってみたところ、共通する特徴があった。

手首の柔軟性

それは「手首の柔らかさ」である。手関節の伸展角度(手首を反らす角度)が90度以上あるのだ。

一方で指を痛めているクライマーは、90度もいかないくらい手関節(手首)が硬くなっている。手関節の硬さは、ほぼ前腕の筋の硬さと直結している。指の屈筋や伸筋のほとんどが前腕から手関節を通って指関節まで来ているので、手関節の硬さは指の関節の硬さにまで及んでしまう。

柔軟性を失って硬くなった筋肉に、クライミングのような強度な負荷をかけると障害を起こすことは想像に難くない。古くなったゴムバンドがちょっと引っ張っただけで簡単に切れてしまうようなものだ。

なぜ、指の痛くないクライマーは手関節が柔らかいのか、その要因はよくわからないのだが、一つは天性のもの、もう一つは柔軟運動を行なっている姿をよく目にする、ということが挙げられる。

もっていないわれわれが天才を羨ましがっていてもしょうがないので、できることをやっていきましょうというわけで、関連するストレッチを紹介する。

筋トレなどと違って、効果的な頻度などを設ける必要はないが、手首のストレッチはいつでもどこでもできるような簡単なものなので、暇さえあれば行なうようにしていただきたい。地道に続けてひと月もすれば、効果が実感できるようになるだろう。

手関節のストレッチ

手のひらを反対の手で押さえながら、イラストのように手首を反らせていく。反動はつけず、徐々にストレッチを加えていくこと。最終的に手首が90度以上に反るところを目標にする。

押さえる位置が指先だと、指が反り返るばかりで手首に効いてこない。指の付け根あたりを押さえるといいだろう。

指先が上を向くバージョンと下を向くバージョンで効く場所が違うので、両方とも行なう。

 

床に手をついて両手を同時に行なう方法もいいが、片手ずつのときより負荷が強くなる点に留意しよう。

逆の、手の甲側を押さえる伸筋群を伸ばすストレッチも行なっていいが、この方向は手首を詰める向きなので、強すぎると手関節を壊してしまうからほどほどに。イラストのバージョンをしっかり行なっていただきたい。

すでに指の痛みを発症している人は、程度にもよるが、このストレッチを行なおうとすると、指もしくは手首、前腕、肘に痛みを強く感じてしまうかもしれない。その場合は、焦らずに、痛みが出ない程度の角度で時間をかけながら行なうこと。それでも痛い場合は専門の医療機関に相談を。

解剖学に見るストレッチの有効性

今回対象にしている筋肉について、解剖図を参考に理解を深めていきたい。

前腕の筋肉は浅層筋群、中間層筋群、深層筋群の3層になっていて、固有の役割のほか共通の役割がある。共通の役割は「手首の屈曲」で、固有の役割によって手の複雑な動きを可能にしている。


構造的に解説しよう。まず、前腕の前面(手のひら側)の筋肉で表面から触れることができる浅層のもの(長掌筋、尺側手根屈筋、橈側手根屈筋)は、上腕骨内側上顆から始まって手関節(手首)を通り、手のひら基部の骨や、指の骨の付け根に到達している。

また、中間層にある浅指屈筋は内側上顆や尺骨や橈骨の上のほうから始まり、母指以外の四指の第二関節に到達する。そして深層にある深指屈筋は、尺骨の中間あたりと、尺骨と橈骨の間の骨間膜に始まり、指先に到達している。

母指の筋肉だけは独立していて母指対立運動のようにヒト特有の動きを可能にしているが、「手首の屈曲」の働きは他と共通である。

また、浅層筋群で忘れてはならないものに円回内筋がある。円回内筋は指まで伸びる筋肉ではないが、クライマー筋ともいわれるようにクライミングによって特に発達する筋肉で、その名のとおり、前腕の回内運動の主動筋でアンダー持ちするとき以外(つまりほとんどのクライミングシーン)で強力に働いている。

指の痛みを訴えるクライマーの大多数が、肘の内側に圧痛があり、この円回内筋の硬直を鍼で取ってあげると痛みが緩和されることから、浅層筋の硬直によってその下の指の筋肉が圧迫され、引き起こしている症状が少なからずあることが推測される。

このことから、浅層の筋肉の柔軟にする、つまり手首の柔軟性を高めることは、指を健全に保つために不可欠であるとわかる。そういった点も理解しながら手首のストレッチを行なっていただきたい。

特にイラストの「指先が下を向くバージョン」「床に手をついて両手を同時に行なう方法」のストレッチは円回内筋の柔軟性を高めるのにも効果的なので、時間をかけることをおすすめする。

拮抗筋を刺激する

指の屈曲筋の拮抗筋である、指を伸ばすほうの筋肉を刺激して筋力のバランスを保つことも、ケガや故障を予防するには大切だ。

やり方は、5本の指を反対の指でそれぞれ固定し、その固定された指を押し広げるように5〜10秒かけて力を込める。それを3〜5回繰り返す。押さえる位置は指先であるほどしっかり効いてくるが、これも指の痛みなど症状に合わせて、第一関節を押さえたりと適宜調整を。

このトレーニングは整形外科などでバネ指や腱鞘炎のリハビリに用いられる方法でもある。手関節のストレッチほど頻繁にやる必要はない。

肩関節も柔らかく

ここで、指の痛いクライマー諸君に朗報(?)である。指の痛くないクライマーでも、天性の柔軟性を持ち合わせていない人は肩を痛めやすい。うまく逃してきた負荷が肩に集約されるからだ。

指の関節と違い肩関節は、ほぼ360度の自由な可動域をもつが、自由に動く分、問題を起こすと原因を見つけづらい。指も大変ではあるが、肩を痛めた場合に比べれば治療期間は短い。なので、手首同様、もしくはそれ以上に肩の柔軟性は必要不可欠になってくる。

ということは、指に痛みがなく、手首は柔軟、さらには肩関節も柔らかいクライマーが“もってるクライマー”ということか! 
まぁ、天才的なクライマー探しは置いといて、指が痛く、手首が硬く、肩も硬いわれわれはやることが多くて忙しいのだから、肩のストレッチを紹介しよう。


イラストのように、挙げた腕の肘を反対の手で支え、引きつける。このとき、脇からおなかのほうまでも伸びているのを意識したい。そのため、前かがみみならないように顔は上げること。

また同時に、肩甲骨を意識したストレッチも行なっていこう。ポイントは腕の角度。肩と水平を保ちながら、反対の手で肘を支えて引きつけていく。

オーソドックスなストレッチ法ではあるが、ポイントを押さえて、手関節のストレッチと同様に暇を見つけては行なうようにすると、その効果は絶大である。

前回の内容に加えて、今回紹介したセルフケア方法により、指に関する悩みの6割は解消されると期待している。買って使っていないケアグッズよりもシンプルだが、効果があるのは確かだ。

必要なのは実践することと、体を治す意識。みなさんの素敵なクライミングライフのお役に立てれば幸いだ。

※当連載は「ROCK&SNOW」084の記事内容を一部編集し、再掲載しています

 

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