セルフケアの羅針盤 Vol.6 胸郭がクライミングに及ぼす影響

根本国彰=文 町田早季=イラスト

今回は、前回の「腰部」に続き「胸郭」について取り上げてみたい。

どちらかというと腰部は下肢と関連が深く、胸部は上肢との関連が深くなってくる。胸郭とは肋骨で囲まれた胸部のことで、肺を囲む部分ともいえる。ちなみに胸郭出口症候群という疾患があるが、これは大まかにいうと、胸郭の上部の鎖骨から首の下部で神経や血管が圧迫を受けて腕のしびれなどを引き起こす疾患を指す。

似たような話で、手指の症状、たとえば腱鞘炎などの場合、鍼灸では手ではなく肋間のポイントへの鍼施術で改善が見られるケースがあることからも、胸郭と上肢の相関には興味深いものがある。

胸郭とクライミングの関係性

胸郭の肋間にある肋間筋は胸部の深層の筋肉なので、浅層の大胸筋や広背筋などに比べると意識しづらい。

この肋間筋は横隔膜と共に肺を動かす呼吸に関わっているので、半ば不随意筋のようなところがあるため、手足につながる筋肉のような“動かしている”感覚は乏しくなる。

しかしながら、この意識しづらい肋間筋のコンディショニング方法を知っていると、クライミングシーンのなかでは「落ちるか、登りきるか」のような最終局面に効いてくる。

そのため、かねてより取り上げたかったテーマだったが、需要の多い手や膝などのテーマが終わってようやくその機会が巡ってきた。

それでは、胸郭の主要な部分である肋骨と肋間筋の解剖生理学的なところを理解しておくことから始めよう。

肋間筋は3層になっていて、外側の外肋間筋は、肋骨を引き上げて胸郭を広げ、息を吸い込む働きをする吸気筋。内側の内肋間筋は、肋骨を引き下げて胸郭を狭め、息を吐き出す呼気筋となっている。内肋間筋と、さらに内側の最内肋間筋の間には肋間神経や肋間動脈・静脈がある。

また、肋骨の引き上げ・引き下げは腕の上げ下げの動きにも連動している。腕を上げたときは外肋間筋が連動し、息を吸い込みやすくなる。その反対で、腕を下ろしたときは内肋間筋が連動するので、息を吐き出しやすくなる。この腕の動きと呼吸の連動については、ラジオ体操の終盤に行なわれる深呼吸の動きをイメージするとわかりやすいのではないだろうか。

それでは、このことをクライミングに置き換えて考えてみよう。登っている最中というのはホールドを取りにいったりと、腕を上げていることが比較的多い状況下にある。そして、腕が上がっている間は、連動している外肋間筋によって肋骨を引き上げ続けるので、無意識にも呼吸は吸うほうにばかり偏ることになる。

吸った息をどこかで吐き出さなければ、肺での換気率が低下して、体は酸欠状態へと陥っていく。体の酸欠は手足の感覚の低下につながり、脳の酸欠は判断力の低下につながる。

頭上のホールドに両手でしがみついて、落ちまいとがんばればがんばるほど、外肋間筋が強烈に働いてしまい吸気ばかり促進され、文字どおり息が上がって、酸欠になった脳はパニック状態だ。これらは初心者が陥りやすい罠である。

この吸気促進に由来する酸欠状態を避けるためには、意識的に息を吐き出していく必要があるのだが、上級者が登っているのを観察してみると、いくつかの方法が見えてくる。

まずわかりやすいのがレスト姿勢だ。腕を楽にホールドにぶら下がり、片腕ずつ交互に下ろしながら呼吸を整えている。肺は胸郭の左右にあるので、片腕ずつでも下ろすことによって片方ずつの肺にたまった空気が換気され、酸素が取り込まれるようになる。ぶら下がっているほうの腕も脱力しているため、外肋間筋の強烈な収縮もない。

また「吹子のような息遣い」と例えられる一定のリズムを刻む呼吸の仕方も、酸欠を防ぐための意識からきている。ほかには、苦しいところでは声を出すというのもある。

うまい人の大声には息を吐き出しやすくするといった機能的な意味があるのだ(意味のない大声はすぐバレるし、かえってマナーの悪さが際立ったりするので、別ものとして区別したい)。

クライミング以外では、ヨガを取り入れているクライマーは昔も今も少なからずいる。

ヨガは独特のポージングのイメージが強いので柔軟性を養うためと思われがちだが、腕をさまざまな角度に動かすと同時に呼吸を常に意識させられるので、胸郭のトレーニングとしても優れているといえる。

胸郭を開く自己調整術

当院で施術に取り入れている活法(整体法)に「胸郭を開くための自己調整術」というものがあり、呼吸に問題があるような患者さんにセルフケアとして勧めているので紹介したい。
①腕を肩の高さで前に伸ばす。手のひらは下向き

②伸ばした手の高さのまま、引けるところまで腕を引く

③肘から先を伸ばす

④手のひらを天井に向ける


⑤手のひらは天井に向けたまま、腕を体側に下ろす


⑥手のひらを内側に戻し、深呼吸を一回入れる

自己調整術はトレーニングではないので、回数をこなすものではない。以下の説明を読み、動きをそのとおりにたどれば、一回で効果を発揮する。一日のなかで時間を問わず、息苦しいとかリフレッシュしたいというときに取り入れるといい。

私は、クライミングでここ一番の前に必ず行なうルーティンとして活用している。ポイントは、①〜⑦の動作は一つ一つ動かしたら一時停止をしてメリハリをつけること。流れるような動きをしてしまうと調整が効いてこない。

※当連載は「ROCK&SNOW」088の記事内容を一部編集し、再掲載しています

 

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