セルフケアの羅針盤 Vol.4 膝をケガから守るために知っておきたいこと

根本国彰=文 町田早季=イラスト

「ケガ」は、慢性と急性とに大別できる。大まかにいうと、慢性のケガとは、一定の動作を長時間繰り返すことによって痛みを生じていく障害で、オーバーユースともいわれる。

一方、急性のケガとは、一度の衝撃によって起こる障害である。今回取り上げる「膝のケガ」は、登山などでは慢性的な障害が多く見られるのに比べて、スポーツクライミングでは急性の障害が多くなってくる。

スポーツをする上で、ある程度のケガは仕方のないことだが、防げる範囲もある。

昨今のブームでボルダリングジムが急増したこともあり、競技人口が増えた。安全面では分厚いマットが広く敷かれ、墜落などの危険が一定の基準で排除されているため、ボルダリングが追求する、クライミングの純粋にジムナスティックな部分に取り組めるようになってきた。

ボルダリングジムは、岩場でのボルダリングに比べてレベルを問わず自分の限界に挑戦しやすく、テクニックを向上させる上で欠かせないのは事実だ。しかし一方で、ジムでの事故やケガの報告は後を絶たない。

膝のケガの原因  

そのような背景も踏まえてスポーツクライミング、特にボルダリングでの膝のケガの原因を見ていくと、半数以上を占めているのは「マットへの着地時」によるもので、高い位置のゴールからそのまま飛び降りた際にケガをしたケースだ。

膝は体重を支える重要な関節であり、非常に大きな負荷や衝撃が加わることから、荷重関節ともいわれる。海外の研究で、直立時に片方の膝にかかる負荷は体重の約1.1倍もあることが判明した。

これは、単に上体の重さを支えるだけなら片方の膝にかかる負荷は体重の半分で済みそうだが、実際には、体が倒れないように膝の周りの筋肉が上下に引っ張り合っていて、その負荷も加わるためだ。

階段を降りるときでさえ、先に下ろしたほうの膝には体重の3.5倍もの力がかかるとされているから、体重が60kgの人なら、片方の膝にかかる負荷は210kg。ジャンプした場合はさらに大きくなり、体重の約6倍の負荷がかかるとされる。

膝は4本の靭帯(内・外側側副靭帯、前・後十字靭帯)が関節のズレを止め、筋肉がそれをサポートするという構造になっている。荷重関節である膝のショックアブソーバーの役割をしているのが筋肉だ。筋疲労がないときは、しっかり働いて衝撃吸収ができるが、筋疲労があると緩衝能は低下してくる。

マットは衝撃を吸収してくれるものだが、それでも膝関節への負担はまだ大きい。低い所までクライムダウンするか、着地時に足を踏ん張らずに後ろに転がって受け身をとることで対処し、膝へのダメージを最小限にしたい。

着地時に次ぐのがムーブによるもので、キョン(ドロップニー)、ヒールフック、ハイステップの3つのムーブは特に膝のケガを招きやすい。足がスリップした際の膝の打撲がそれに続く。

症状の度合

受傷した痛みの程度で応急的に重症度の判断ができる(あくまでも目安なので、のちに専門の医療機関で受診すること)。

ⅰ)軽症  登ることは可能であり、帰宅してからや翌日に痛む
ⅱ)中等症  常にではないが、登っている最中に痛くなるときがある
ⅲ)重症  常に痛く、クライミングにも支障がある
ⅳ)最重症  腱や靭帯の断裂。日常生活に支障がある 

ケガも、軽症あるいは中等症であればクライミングは継続できるので、それ以上に悪化させないようにすること。

膝を痛めやすいかチェックポイント

ムーブうんぬんの前に、自分の膝は丈夫なのか、自分が膝を痛めやすい体質になっていないか、あらかじめ知っておくことは、ケガの予防の観点からも役立つ。チェックポイントは以下の3つだ。

①背中が曲がっていないか  
上半身の衰えと膝の痛みは連動しているので、姿勢が悪くなり、上半身の重心が崩れていると、全身の体重を支える膝関節にも悪影響が出てくる。

②膝が硬くなっていないか  
背筋を伸ばして床に座り、両膝を伸ばしたとき、膝裏と床の隙間が小さいほど柔軟で、いい膝ということ。膝裏と床の隙間が大きいほど、膝関節が硬く痛めやすい。

③内側広筋は衰えていないか  
太ももの筋力があるかどうか。膝を伸ばした状態で太ももに力を入れたときに、膝上の内側の筋肉が盛り上がって硬さがあれば正常。なければ疲労か衰えを考える。  

肩や股関節のように、球状の骨頭とお椀のような関節窩で安定感があり、さまざまな方向に動く関節と異なり、膝関節は、片側は球体、もう片側は平面というように非常に不安定な形をしていながら、屈曲の動きにしか対応していない。

ふつう不安定な関節というのはもっと動きの幅があるものだが、膝関節は全体重を受ける関節のため、筋肉と靭帯で前後左右を固められ、そうはなっていないのだ。

これが何を意味するかというと、関節を支える筋肉の筋力や柔軟性が不足すると、負担は靭帯に集まるということだ。

キョンによる膝のケガ

膝関節は縦方向にしか動かないのだが、キョンのムーブで股関節の内旋を加えることにより横方向の荷重も加わると、内側側副靱帯の負担が大きくなる。

ただ、内側側副靱帯はキョンの姿勢をとっただけで痛めることはあまりない。膝を落とし込んで体を安定させたまま次のホールドに手だけ送る分には問題のないムーブだ。

では、そこからどんな動きに移るとケガにつながるのだろうか。解剖イラストを見ていただきたい。  
イラストは屈曲時の右膝関節を前側から見たもので、あまり見かけない珍しい構図になっている。

ここで注目してほしいのは、内側側副靱帯がピンと張っている点だ。屈曲だけでもこれだけ張っている靭帯に、さらに股関節の内旋と脛骨の外旋を加えたキョン姿勢をとると、靭帯は目いっぱい張り詰めることになる。

この靭帯に最も負荷をかけて頼りきっているとき、筋力はいちばん使わずに済んでいるので楽なのだ。効率がいいともいう。だから「ムーブ」なのだ。

しかしながら楽と悪は紙一重で、横着してこの膝の状態のまま、さらに少し上のホールドに伸び上がって取りにいこうものなら、遊びのなくなっている内側側副靱帯はたちまち損傷するということがおわかりいただけると思う。

そこは横着せずに、いったん膝を解放してホールドを踏み直してから、上のホールドに手を伸ばしたい。

ケガの処置  

受傷直後はアドレナリンも出ているため痛みを感じにくく、ケガを軽く見がちだが、時間の経過とともに痛みは増してくるので、まずは動かさないこと。サポーターなどがあれば固定して安静にし、早めに専門医療機関で受診しよう。

同様のことがヒールフックとハイステップにもいえる。ヒールフックでは外側側副靭帯、後十字靭帯を痛めやすく、ハイステップでは前十字靭帯や半月板を痛めることが多い。

ケガの予防  

膝のケガの予防には、腿の前面の大腿四頭筋(大腿直筋、内側広筋、外側広筋、中間広筋)や、後面のハムストリングスの筋トレ、およびストレッチが効果的だ。
これまで特にこのような対策を行なったことがない人におすすめしたいのはスクワットだ。

膝関節全体の柔軟性と筋力アップを図るために、両足でのフルスクワットは有効で、まずは20回×3セットを2日おきに行なうことから始めていただきたい。筋力を向上させることで、荷重関節は保護できる。
 
また、猫背のように姿勢が悪くなると膝関節の弱体化につながることから、腹筋運動も効果的だ。あおむけの姿勢で膝を曲げて足を床から浮かせ、膝の角度を一定に保ちながら、膝が胸につくくらいまで上げたら、再び足が床につく手前まで下ろすといった腹筋運動が効果的。これもまずは20回×3セットを2日おきに行なうといいだろう。  

基本になるが、クライミング前にはウォーミングアップや運動前の動的ストレッチを行なって筋肉の働きを高め、障害の予防を心がけたい。

シューズを履く前に足をマッサージしたり、足指を曲げ伸ばししたり、土踏まずを親指で押して刺激する、足首を回すといったことも有効になってくる。

膝のケガは一瞬。くれぐれも油断なきように。

※当連載は「ROCK&SNOW」086の記事内容を一部編集し、再掲載しています

 

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