野口啓代インタビュー 20年間の競技人生と これからを語る Part1

聞き手=植田幹也 写真=小澤信太

小学6年生で2001年の全日本ユースで優勝して以来、実に20年以上も、日本のみならず世界のクライミングシーンを牽引し続けてきた野口啓代さん。これまでの競技人生を振り返っていただき、これからクライミングにどのように関わり活動していくのかを聞きました。※当記事は「ROCK&SNOW094」の記事を一部編集し、掲載しています

 

目下の活動は「クライミングの普及」

Q. まずは東京オリンピックお疲れさまでした。大会が終わってからの1カ月半はどのように過ごしてきましたか

TVを中心にメディア出演の仕事をすることが多かったです。今年のW杯は1戦出るごとに2週間の隔離がありましたし、大切な大会の前は出演を控えるようにしていたので、春あたりからはメディア関係の仕事をほぼやっていませんでした。

なので、引退してからはその分もよりいっそうメディアの仕事に力を入れています。

Top of the Top 2020・西条 

Q. たしかにネットやTVで野口さんの姿をよく目にします。メディアにたくさん出るのはどういった考えや気持ちからでしょうか

競技生活中から思っていましたし、引退してからもよく口にしているのですが、「クライミングを普及させたい」という強い気持ちが根底にあります。

さらに何より私自身が仕事をすることにやりがいを感じていて好きなのですよね。ただ、メディアを通すことによってクライミングが間違った伝わり方をしてしまう可能性もあるので、毎回すごく丁寧に説明するなど気をつけています。

バラエティなどに出演すれば周りから「引退してタレントに転向したの?」と言われてしまうことがありますし、私自身もアスリートであることにこだわってきたので、メディアに多数出ることに自問自答することもあります。

それでもメディアに露出することがクライミングを広める近道だと考えているので、これからも積極的に活用していく予定です。

Q. 代表チーム含めて、クライミングのアスリート達にどう関わっていくのかも伺いたいです。先日のモスクワの世界選手権などはすでに選手に帯同した形でしょうか

代表チームとの関わり方はまだ迷っていて、世界選手権も監督やコーチとして帯同する提案もありましたが今回はそういった形ではなくTEAM auのメンバーとしていちばん近くで応援したいと思い、プレス申請をして会場に行きました。

私自身ずっと選手だったのでこれまでコーチなどの実績はないですし、いきなり何ができるのかもわからない状態です。

何事も中途半端にはやりたくないですし、何より世界選手権は選手にとって非常に大切な大会なので、私が新人コーチとして急に入って選手にマイナスが出てはいけないという気持ちも強かったです。

Q. 将来的には代表チームのコーチをやる予定、やりたい気持ちはありますか。

正直なところ、今は代表チームのコーチなどをする予定はないですね。W杯は1シーズン帯同すると、年の半分くらいの時間を費やすことになるので、とても大変な役割です。

それと今のところ自分にコーチなどの適性があるとは思ってなくて、それよりは「私にしかできないことがやりたい」と思っています。

それは先ほど述べたメディア出演もそうなのですが、選手に対してもクライミングやトレーニングの技術を教えるだけでなく、私がオリンピックに出場したことやメダリストであるという経験を還元しサポートしたいです。

ただ、具体的な形は慎重に考えていきたいです。


2014年ワールドカップ中国・海陽 

Q. ちなみにこれまで20年間、ずっと選手としてトレーニングの日々で休まる暇がなかったと思いますが、引退後は登っていますか

家に壁があるので少しは登っているのですが、選手時代のトレーニング量と比べると全然ですね。今回も世界選手権に1週間帯同したので、帰国後の新型コロナ隔離も含めると3週間は登らないことになります。

振り返ってみると選手時代は登らない日数は最大でも4、5日だったので、不思議な感覚ですね。それと自分の手の指を見て指紋があるのが驚きです。自分の指紋を初めて見ました(笑)。

Part2に続く

▶︎「ROCK&SNOW094」で全てのインタビューを読む

同一カテゴリの最新ニュース